技術者はつねに迷いながら。 住宅と地震にまつわるスペシャリストであれ。

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大和ハウス工業 『xevo Σ』開発プロジェクト

阪神・淡路大震災でも、全半壊ゼロの実績。大和ハウス工業の住宅にまつわる技術は、これまでも大いに評価をされてきた。そんな大和ハウス工業が新たな技術としてつくりあげたのが、新工法の住宅商品『xevo Σ』(ルビ:ジーヴォシグマ)だ。独自に開発した「Σ(ルビ:シグマ)形デバイス」を採用することで、これまでとは異なる耐震性能をもつ住宅を生み出すことに成功した。そのプロジェクトの中核を担った人物こそ、技術開発職の前田珠希である。

最初は「立ち消えちゃうかも」
と思うプロジェクトだった。

2010年秋。大和ハウス工業の会議室には、新プロジェクトに携わるメンバーたちが、10名ほど集められた。そこに構造担当の一人として参加していたのが、前田だ。プロジェクトのまとめ役をする上司から告げられたのは、「このメンバーで、これまでの大和ハウス工業とは違う全く新しいものを生み出してほしい」ということ。新たなチャレンジができることに、プロジェクトのメンバーはとても意欲的だったと前田は振り返る。

「それまでの新規プロジェクトって、既存技術や商品の改良にとどまるものが多かったんです。コストを下げるとか、何か少し性能をよくするとか。どこか枠の決まっているような仕事に、みんな疲れていたのでしょうね。最初に集まったその時間から、あれこれとつくってみたい商品に関して話が止まらなくて。アイデアが多すぎて、まとめ役の上司を困らせたのではないでしょうか(笑)」

一方で前田は、新たなプロジェクトが始まることに期待してばかりでもいられなかったという。

「正直に言うと『このプロジェクトも立ち消えちゃうのじゃないかな』とも、どこかで思っていました。新しい技術を目指すプロジェクトはそれまでも社内にあって。その度に立ち消えていくプロジェクトは、いくつも見てきました。たとえば新しい性能を開発してもコストが上がればダメだし、コストは抑えても何か従来の性能が欠ければダメだし、性能をアップさせても工場での生産性が落ちてはダメ。世に出る前に、企画段階で社内承認も得られず、行き詰まるプロジェクトが多かったのです。やってみようという気持ちも、本当にできるのだろうかという気持ちも、両方ありながらのスタートでした」

答えは、思いつく限りを検証し尽くしたあとにしかない。

前田らが考えたのは、従来にはなかった耐震構造の住宅商品をつくることだった。繰り返す大小の地震にも耐えうる新構造。しかもお客様のニーズに合う形で。どのような技術でならば実現できるか。前田は狭い会議室で考え続けていた。

「極端な話、倒れない、壊れないだけを目指すのならいくらでも方法はあります。強硬な工法を住宅に使ったっていいわけですから。でもそれって意味がない。コストは跳ね上がるし、エアコンのスリーブや配線も取り付けづらいので、結果的につくりにくい家になってしまいます。そんなの誰も求めていません。耐震の面では全く新しい、でも、これまでどおりのコストや住みやすさは維持される。そういったものをつくるのが建築に携わる研究・技術職の責任だと考えていました」

地震に強く、戸建住宅に適し、コストも抑えながら、生産性も担保される。言うだけなら簡単だが、これらを全て実現するのは至難の業だった。

しかし、ゆっくり悩んでいる時間も前田らにはなかった。「はやくどの技術で進めるのか決めなければならない」プロジェクトの他のメンバーはみな、新しい耐力壁を待っていた。前田らが諦めたら、すなわちそれは最初の不安どおり、プロジェクトがなくなってしまうことを意味する。上手く技術提案が出来ない葛藤と同時に、「みんなを待たせている」というプレッシャーとも戦いながら実験をつづけた。

不安やプレッシャーに追い立てられながら。前田はとにかくできることに、手を出した。住宅建築の分野にとどまらず、自動車にまつわる設計の論文も読んだ。自分の考える構造に批判的な意見が綴られている論文を参考に、「逆の視点から得られるアイデアはないか」も探した。論文にヒントを探しては、つくって、実験。特にデバイス部分の性能検証には時間をかけた。デバイスの形状、大きさ、スリットをいれたり、材料を変えたりして、検証を繰り返し、プロジェクトの新商品『xevo Σ』は徐々に見えてきていた。

「これだ! と大発見をした瞬間があったわけでも、突然アイデアが降りてきた瞬間があったわけでも、全然ないのです。何十パターンも考えた構造を、一つひとつ検証しながらの決定でした。だからプロジェクト内で承認を得た後でも、まだ私は悩んでいて。本当にこれでいいのかな、もしかしたら打ち切ったあの方法の方がよかったのかな、と迷い続けました」

気持ちもスキルも最大化する、チームの力。

チームを引っ張ることに対するプレッシャーもありつつ、過酷な状況であった前田を支えたのもまた、チームの力だったと前田は付け加える。

「行き詰まりかけた時に上司が『大丈夫か? 』って声をかけてくれたときは『ちゃんと見てもらっている』ということが本当に嬉しくて。一緒に実験に携わってくれたチームのメンバーも、私が迷っている横で、懸命に、あきらめることなく検証を繰り返してくれました。最初は10人で始まったプロジェクトが、そのころには30人近くで動いていて。さらにプロジェクトメンバーは膨らみ、社内の様々な部署が参加してくれました。最初は小さい会議室に机を寄せて始まった私たちのプロジェクトが、大きな動きに変わっているのだと実感しました。振り返ると、私自身は悩んで迷ってばかりでしたが、多くの人がいてくれたからこそ頑張れたのだと感じています」

発売の瞬間は、足が震えるほどに怖かった。

社内承認も得て、発表へ向かって順調に進んでいた『xevo Σ』だったが、前田の「本当にこれでいいのだろうか」という迷いは、やはり完全に拭えたわけではなかった。「『xevo Σ』が発売になった日なんて、脚が震えました」と彼女は語る。

「震えますよ、自分がつくったものが世に出るなんて。なんともいえない緊張感の方がおおきかったです」

2014年の発売以後、『xevo Σ』を知ったお客様からの「へえ、すごい! 」という言葉。そういった反応に触れるたび、背中を押されてきた。研究開発の段階から悩み続けた前田の仕事は、ようやく「よかった」という確かな気持ちと同時に、さらに技術を追求しなければならないというさらなる思いにもつながっている。

いま、自らの道に自信を持って、前田が強く語るのは「構造にとらわれず、研究者としてできることを広げていきたい」ということだ。

「今回のプロジェクトを通じて、住宅の耐震構造にとどまらない広い知識を吸収することができました。そもそもの地震にまつわる地学研究のことだったり、防災に関する知識だったり。そうやって得たものを、自分の研究開発に活かすだけでなく、多くの人に語れるようになることが、これからは必要だと考えています。社内の人へ向けてはもちろん、大和ハウス工業のお客様へも、あるいは講演会なども。『xevo Σ』をつくった人間として以上に、地震や防災にまつわるスペシャリストとして、できることを今後は広げていってみたいです」

前田 珠希(Tamaki Maeda)
大和ハウス工業株式会社
総合技術研究所 工業化建築技術センター
住宅系技術開発グループ 主任研究員
1996年、大和ハウス工業入社。入社当初は大型建築物の部門へ配属となったが、すぐに住宅系の部門へ異動。学生時代は「自分の家を自分で設計したい」という想いを抱いていたという。一級建築士の資格をもち、本プロジェクトの時期に博士(工学)も取得。
公式サイト:http://www.daiwahouse.co.jp/lab/
TEXT BY 山縣杏
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治