木を見て、森も見る。「デザイン思考」を育む。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科。「システム」のデザインとマネジメントを教育・研究対象に開設された世界初の大学院だ。ここで教鞭をとるのが、春山真一郎教授。可視光通信を用いた位置情報システムをはじめ、先端技術が次々に生まれる春山教授の研究室、ユビキタスコミュニケーションラボには、産業界から広く注目が集まる。ユビキタス社会を生きる人間にとって、真に必要なサービスとは何か。その答えを求めて、最先端を走り続ける男に話を聞いた。

クローズドイノベーションの限界。

可視光通信を用いた位置情報システムや、3次元位置計測システム。高速移動列車のための高速通信技術。春山の研究室が取り組むテーマは、広範囲に及ぶ。共通しているのは、すべて「通信」に関わる先端技術であるということ。そこには、春山自身のキャリアが関係している。1981年、東京大学理学部を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校、テキサス大学オースティン校でコンピューターサイエンスを学び、1991年にベル研究所の研究員となった。

「ベル研究所では、入社間もない頃から、新しいタイプの通信等の高速信号処理向きの集積回路の設計開発を行っていました。新入社員の私以外、プロジェクトメンバーは勤務歴の長いベテランばかり。そんなチームで仕事ができたのも、ベル研究所内に集積回路の専門家が数百人ほど在籍しており、人材が豊富だったからでしょう」

ベル研究所は、電話の発明で知られるアレキサンダー・グラハム・ベルが設立したボルタ研究所を起源とする研究所。トランジスタやレーザーの発明などで知られる。アメリカ最大手の電話会社AT&Tの資金的なバックアップのもと、内部の人材や組織のみを用いたクローズドイノベーションが活発だった。だが、その構造は、時代の変化とともに限界を迎えることになる。

「1984年の独占禁止法違反により、AT&Tは長距離交換部門だけを持つ電話会社になったのです。以降は、基礎研究を自由に行うことが徐々に難しくなり、1996年にルーセント・テクノロジーズ(現アルカテル・ルーセント)としてスピンオフしてからは、画期的な発明を行える機会が減っていきました」

組織変更、グループごとの分離、売却も頻繁に行われ、クローズドイノベーションに必要な資金的、組織的な体力が失われていった。

「そのような状況では、研究者はベル研から羽ばたいて、次にどこで何をしようかということを常に考えるようになります。仲間の多くが起業したり、ベンチャー企業に参加したり、大学で教職についたりしました」

春山も、ベル研究所から羽ばたいた一人だ。

「集積回路を使うと、通信処理や信号処理がやりやすい。技術を応用するなら通信や画像処理の分野になると睨んでいました。その頃、日本で通信関係の研究をやってみないかとお誘いがあったのです」

帰国後は、ソニーコンピュータサイエンス研究所で、先端情報通信研究室に4年ほど在籍。 その後、慶應義塾大学で教職につき現在に至る。可視光通信の研究を始めたのは、慶應義塾大学に赴任してからのことだった。

普及するかどうか分からない
白色LEDにかけた。

白色LEDが発明されたのが1995年。春山はその頃から、高速で点滅するLED照明の特性に目をつけていたという。

「当時はまったく知られていませんでしたが、いずれ白色LEDが将来の照明器具になるかもしれないと踏んだ。白色LEDを通信手段にできたら面白いと思ったのです」

春山の予想通り、白色LEDはその後、照明器具として広く普及することになる。いたるところに設置されている照明を通信手段に用いることができれば、GPS衛星では現在感知できない屋内での位置情報を正確に割り出すこともできる。例えば、可視光通信を用いたナビゲーションシステムを車椅子に取り付ければ、病院内で患者を自動的に診察室などに誘導することもできるのだ。だが、可視光通信が普及するかどうかは、これからの企業努力にかかっていると、春山は続ける。

「可視光通信には、インフラの整備が必要。スマートフォンなどのデバイスにソフトが簡単にダウンロードできたとしても、照明器具は人の手で設置しないといけない。それがボトルネックですね。将来的にどこまで広がるかは、企業の努力次第だと思います」

普及を後押しするために、春山が音頭を取り、可視光ビーコンシステムの国際標準化も実現した。

「2014年頃から提案をしていたのですが、2017年3月にやっと国際規格を制定することができました。産学連携でいろんな企業が集まっても、みんなで一緒に議論をするのは難しい。新しい技術については、どこも企業秘密にしたがりますから(笑)。だからこそ、みなさんが一様に利益を享受できるように、標準化を進めたのです。誰でも自由に使ってください、という状態にすることで、技術の進歩に貢献できればと思っています」

きっかけは、
バーベキューでの立ち話。

春山の研究室には、企業からのラブコールも絶えない。可視光通信を建設分野に応用したシステムは、三井住友建設との協業によって生まれたものだ。

「テキサス大の留学時代、日本から研究員としてきていた人が三井住友建設にいらっしゃって、彼を私の自宅のバーベキューにお招きした時に、可視光通信の話をしたら、測量に光が使えるんじゃないかと、その場で盛り上がったのです」

バーベキューでの立ち話から生まれたのが、可視光三次元位置計測システム。可視光技術と写真測量を建設分野に適用したことで、従来の測量技術では難しかった夜間測量や、無人測量を低コストでできるようになった。

「例えば、橋梁を計測する場合。橋梁にたくさんの照明を取り付けて、完全自動で大量の画像を撮る。そうすると大量の点の位置を、同時に計測することができるのです」

このシステムを用いると、位置を計るだけでなく、位置をモニタリングすることが可能になる。その革新性から、同システムは2009年「土木のイノベーション10選」にも選ばれた。

春山自ら企業サイドにアプローチした例もある。高速移動列車における高速通信技術は、リニアモーターカーのコントロールセンターを見学した際に思いついた。当時、慶應義塾大学の理工学部に所属していた春山は、レーザー光線を使って移動体と地上との間で通信する実験で、成果を上げていた頃だった。だが、JR東海に「通信技術にレーザーが使えないか」と提案するも断られる。

「そういう相談は、うちじゃなくて鉄道総研に言ってくださいと言われまして。インターネットで検索して、出てきた連絡先に試しに電話してみたら、明日来てくださいとトントン拍子でした」

はじめの2~3年は委託研究、その後共同研究を行い、実際の新幹線でレーザー通信を行う実証実験まで進んだ。だが、日本での実用化はまだまだ先になると春山はいう。

「技術の順序として、まずはミリ波通信なんですね。素晴らしい技術ができたとしても、実用化されるかどうかは、各社のビジネスディシジョン次第。レーザー通信の方が性能的には優れているのですが、こればっかりは致し方ありませんね」

なぜ日本は、
iPhoneを作れなかったのか。

どんなに素晴らしい技術があっても、採用されなければ意味がない。春山自身、教え子たちに「新たな技術を発明しても、どう使われるかを検討しなければ役に立たない」と繰り返し説く。その考え方が育まれたのはアメリカ留学時代だった。カリフォルニア大学バークレー校で机を並べていたのは、「天才」ばかりだった。サン・マイクロシステムズの創業メンバーであり、Javaを開発したビル・ジョイをはじめ、同世代の天才たちが同じフロアでうろうろしている。彼らが励んでいたのは、明確に実用化を目的とした研究だった。学生が開発したものを、企業がこぞって買いにくる。春山が身を置いていたのは、そういう環境だった。

「在学中は僕もシリコンバレーによく行っていたのです。ベンチャーにジョインするのも気軽で、僕自身、バークレーにいた学生がやっていた会社にジョインして、その創業者の自宅の裏庭で、会議をしていましたね。それくらいカジュアルだったんです」

研究機関と企業の垣根、学問とビジネスの垣根がまるでない自由な環境で学んだことが、春山に大きな影響を与える。カリフォルニア大学卒業後の春山の活躍ぶりは、前述の通りだ。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科は、「木を見て森も見る人材を育てる」という考え方を提唱している。その意味を聞いた時、春山からこんな問いが返って来た。

「どうしてiPhoneの部品の多くは日本のメーカーが作っているのに、iPhone自体は、日本で作れなかったと思いますか? 」

一般に、日本人は全体を設計する力が弱いとされる。だが、そう結論づけるのは尚早だと、春山はいう。

「アメリカがシステム設計に強い、日本が弱い、という単純な話じゃない。iPhoneは、スティーブ・ジョブズという圧倒的な美的センスを持った人がいたから、作ることができたのです」

ここで春山の口から飛び出したのが「デザイン思考」という言葉だ。デザイン思考とは読んで字のごとく、デザイナーのように考える思考のことを指す。建築家や工業デザイナーのように、ユーザーのことを考えて設計をするのが、デザイン思考。ユーザーとの直接のインタラクションがないまま、仕様の通りに作ると、デザイン思考が欠けたものが出来上がる。さらに、デザイン思考を行うだけでは、スティーブ・ジョブズのような美的センスを持つことはできないはず。目に見える、見えないに関わらず、美しいシステムを作るには、様々な活動を通じて自分が「これが一番美しい」と感じられるセンスを、常に磨いておく必要がある。春山は、こうも続けた。

「日本人は真面目だから、性能目標を掲げて、その性能を上げることに終始する。そうすると、木を見て森を見ず、になるわけです」

「木を見て森も見る人材、最先端を追い求めるだけでなく、その技術を社会でどのように活用するかについても広い視野で考えることができる人材が、これからは求められる。私たちのラボでは、そんな人材を育てていきたいと考えています」

春山 真一郎(Shinichiro Haruyama)
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究学科 教授
1991年、米国 AT&T ベル研究所に入所。その後、ソニーコンピュータサイエンス研究所を経て、2002年に慶應義塾大学理工学部へ。2008年より現職。可視光通信、空間光通信、新機能イメージセンサ、無線通信、位置情報サービスなどの研究に従事。
公式サイト:http://lab.sdm.keio.ac.jp/haruyama/index.html
TEXT BY 山田知奈
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治