楽しいと思う方向に正解がある。

PC業界の勢力図が書き換えられようとしていた2000年中頃、日本のものづくりとパーソナルコンピューティングの可能性を信じていた、レノボ・ジャパン代表取締役社長の留目真伸氏。氏はレノボをどう再生させたのか?

「私がレノボ・ジャパンに入った2006年頃というのは、PC業界の大きな節目のタイミングでした。もともとIBMやNECがPC事業を牽引して業界を拡大してきましたが、90年代の後半からデルやHP等、オペレーション効率に一層フォーカスしたコモディティメーカーが台頭し始め、2000年前半にはもともとコンピュータの世界でイノベーションをリードしてきた会社が軒並み、ハードウェアの事業からの転換を目指すようになってきました。私自身はデルでのPC事業の経験から、デルのスピードとシンプルなオペレーションの強さは理解していたつもりです。ただ一方で、PCが単なるコモディティとして位置づけられ、ハードウェアがイノベーションと全く関係の無いものになっていくという文脈には疑問を持っていました」

留目氏はその疑問と同時に、
日本のものづくりの強みが失われていく危機感を持っていた。

「ものづくりの良さ、強さ、というものは本質的な価値であると思っています。そういうモノとしての強さ

がThinkPadという製品にはあるのです。神奈川県大和市の研究所で1992年に初めてThinkPadができたときからずっと日本人の粘り強さ、探求心、繊細さを基盤として開発・設計されているものなのです。そういう日本の本質的な強みが、それとは関係のないオペレーション上の課題によって否定されたり、失われたりしてしまうかもしれない。なんとかしたいという思いでレノボに参画しました」

とは言っても、PCイコール日用品は世の中の趨勢。日本のものづくりの強さに懸ける思いは伝わるが、その常識を覆せるという確信はあったのだろうか。

「経営の一般論として人が言うことはそんなに当たっていないと思いますよ。デルの前は戦略コンサルティングの世界にいましたが、実際デルに入ってオペレーションを経験してみて、実際のビジネスとコンサルティングの時に考えていたことの違いを実感しました。本当の強みと弱み、何が本質的な課題なのかなどについて表面的に議論されていること、あるいは一般的に言われていることはほとんど当たっていないと感じました。
だいたい大きな会社、大きなオペレーションというのは、基本的にうまく運営されていないのです。会社には人が集まって日々時間を費やしていますが、それぞれが勝手な思いで動き出すと、すぐに理想的なオペレーションからはかけ離れたものになってしまいます。紙の上で経営を語る人たちはあまりそういうところに触れないで、ほぼ完璧にオペレーションされている会社同士がハイレベルなところで頭脳戦を繰り広げているように勘違いしがちです。洗練されたストラテジーだとか最先端のマネジメント手法等によって勝敗がついているように語られることが多いですが、実際のところは、本来コントロールすることの難しい人の集まりである会社同士、当たり前のオペレーションができていないもの同士がもっと現実的なレベルの戦いをしているというのが実態じゃないですか。ですから、当たり前のことを当たり前にできるようにすることだけで結果が全く違ってきます。一般的にオペレーションが強いと見られているデルですらしっかりコントロールしていくことは困難でしたから、IBMのPC事業がうまくいかなくなってきた背景もそうだろうと考えていました。PCがコモディティになってThinkPadの強みが活かせなくなったからだとか、他社の戦略がより高度で洗練されているとか、そうではなく、あるべきオペレーションが実施されなくなってきたことが問題なんだと。そこを直していくことによって良くなると最初から思っていました」

当時はレノボにとって重要な転換期。現場はどんな状況だったのか。

「少し混沌としたところをいうと、元IBMの人と、私もそうですがデルとかHPとか外から新しく入ってきた人が混ざり合って、どのようなプランでビジネスをターンアラウンドしていくのか、方向性すら決まったものがありませんでした。私の立場としては、オペレーション上の問題点はある程度わかっていたものの、オペレーションを一つのものにしていくために、ビジョンと方向性を示しながら色々なバックグラウンドを持つ人の思いをまとめて動かしていかなければいけなかったので、非常に苦労しました。しかも、ブランド価値が下がってしまったことでお客様やパートナーが離れて行ってしまったこともあり、ビジネスそのものは相当悪い状態になっていました。いくら頑張っても短期的には良くなりませんでした。なにか特効薬があってお客様がまた戻ることなんてないので、一つずつ問題点を潰していくしかない。それでも、下降傾向が緩やかになるぐらいにしかならず、ビジネスの結果が目に見えて出てくる段階ではありませんでした」

留目氏はめげなかった。
レノボに懸けた思いも変わることなく、確信も揺らぎなかった。

「会社は事業の目的のために人が集まっているプロジェクトなんですね。そもそも目的を失ってしまっている組織というのは会社として存在する必要がないわけですよ。設定した事業の目的が既に達成されてしまって、IBMがやっていたPC事業は必要じゃないというのであれば、その再生に力を使うよりも解散した方がいい。でも私はそうじゃないと思ってその事業に参画したのですし、皆にもそう思ってもらわなければいけなかった。これは必要な事業なのだと。
そのためには事業の目的を再定義しなければならない。競合に勝つというのは消費者から見たらどうでも良いことなので、そんなことが事業の目的ではないわけです。事業の目的というのはもっと本質的なところで、優れたエンジニアリングで設計されたものが人の役に立つ、もっと生産性を上げられるとか、創造力の高い仕事ができるとか、人や社会が持っている課題を解決していくということがあってこそ事業だと思うんです。
グローバルのレノボでもそうだし、日本のレノボのオペレーションという意味でも、存在理由、事業目的を共有しなければいけませんでした。グローバルのレノボという意味では、欧米とアジア、それぞれを出自とする会社を統合して新しいグローバル企業を作りあげ、先進国・新興国両方のパワーを取り込んでPC事業を発展させていくということですし、日本においては、本当は強いはずの日本のものづくりを再度グローバルのオペレーションと調和した形で輝かせていくという意味があったと思います。そういう目的のためにこのチームが集まっているんだと。このような存在理由と事業目的の共有が時間をかけて組織に浸透していったのです」

こうして地固めができて、然るべき人が組織に配置され、留目氏の取り組みがビジネスの結果として表れてくるまでには約3年を要した。

その後2011年のNECとのPC事業統合では自らリーダーシップをとって統合をリードした。個別の状況は異なってもやるべきことはIBMのPC事業のターンアラウンドの時とほぼ同じだったと留目氏は言う。成果はすぐに表れ、世界2位(現在は1位)までシェアを広げた。

ところで、楽観的だという留目氏にはユニークな持論がある。

「楽しいほうに正解があると信じているので、どちらか迷ったら必ず楽しいと思う方を取ろうと決めているんですよ。というのは、ビジネスは本来楽しいものですから。世の中の課題を解決していく、そのためにチームを作り、アイデアを持ち寄って挑戦していくのって楽しいことじゃないですか。勿論場面によっては大変なこともありますが、根本的なところで楽しくなくなってきたら、何かが間違い始めているんです。それこそPC事業だって楽しくないようにやろうと思えば、いくらでも楽しくないようにできるんですね。たとえば、PCというのはもう成長分野じゃないから、可能な限り効率化していかなければならない、低コストのオペレーションを追求しなければいけない、だんだん辛くなってきてももっともっと絞れるだけ絞って頑張れって。これは絶対正しくないと思うんです。本当にそれだけを続けていく意味ありますか、何か根本的なところで間違ってしまっていませんか、ということです。
PC事業の本来の目的はパーソナルコンピューティングを普及させ、人々の生活や業務をより創造性の高いものに、楽しいものにしていくことで、それはまだ実現したとは言えません。PC、タブレット、スマホ、その他の形状のデバイス、そしてクラウドの向こうのサーバ等、いろんな形でコンピューティングパワーが提供されていくのです。おそらく将来は常時何らかの形でコンピューティングでサポートされていくことになります。まだまだその入り口にしかなく、これからもっと発展していくべきものです。ですからパーソナルコンピューティングを提供していく会社であれば、そのように発展させていく方向に進まなければならないのに、これまでやってきたパソコンという狭い枠だけで捉えて、その効率化だけにフォーカスしてしまうのは間違いだと思うんですよね。本来は未来に向かって発展していく楽しい事業であるはずなのに、むしろつまらない、ダメなものになってしまいます」

留目氏が腕を振るったレノボにおけるPC事業の再生。重要なポイントは再定義だという。

「事業の再定義をしていく、ということですね。事業の根本的な目的をもう一度作り直していくということだと思うんです。どんな事業にも寿命があります。最初に事業の目的が定義され、そのプロジェクトに人が集まってきてチームが立ち上がるわけですね。プロジェクトは年数が経てば、ある程度成果が出て、転換期を迎えます。ずっと同じことをやり続け、再定義をしないでいると徐々に目的が失われていきます。いつの間にか市場の中で競合とシェア争いをするだけが目的にすり替わっていくわけですが、楽しくなくなってきた時点でもう何かおかしくなっています。それでは新たな視点でのイノベーションも生まれないし、いずれ必要の無い事業になってしまいます。だから、適切なタイミングで経営者は事業の再定義を行わなければいけません。そして再定義された事業目的に従い、プロジェクトとしての会社の形が変わります。必要な人材、強化すべきオペレーション、投資すべき領域が変わってくるはずなんですね。ハードウェアは比較的事業の寿命が長い方だと思うのですが、それでも急速に短くなってきています。そしてソフトウェアやサービスになってくると、事業のサイクルはもっと短くなってきています。経営者自身がもともとどのような価値を社会に提供していく事業だったのか、本質に立ち返りながら再定義を繰り返しやること、それによって会社の形を変えていかないとうまく行かないでしょう」

最後に新規事業開発について。その可能性を経営者の立場からこう語る。

「昔に比べると新規に事業を立ち上げるのは今は相当やりやすくなっていると思います。スタートアップの環境も整ってきているし、大企業もオープン・イノベーションということを言い始めていますね。これまでの縦割りの業界・産業構造では対応できなかったような課題についても、スタートアップや複数の大企業、コミュニティを巻き込んだ共創プロジェクトを立ち上げて取り組んでいくことが可能です。人材と資金の流動性も高くなってきていますので、本当に意味のある筋の良いプロジェクトであれば、ある程度フレキシブルに社内外で必要なリソースを集めることができるようになっています。大企業の社員であっても、本当に良いプロジェクトだったら、社内で認められない場合は外に出てやってしまっても良いですよね。まずは興味のある領域で解決すべき課題を見つけて、それを解決するためのプロジェクトをデザインすること、最適なチームやリソースを考えることから始めてみたら良いのではないでしょうか。社内で活用できる強力なリソースがある場合はそれを頼りにデザインしても良いかもしれませんが、最初からリソースを社内に限定して考える必要もないでしょう。
一方、経営者はそういった良いアイデア、プロジェクト、そしてそれをリードしていくことのできる本物の人材を理解して育てていかなければいけませんし、イノベーションの芽を摘むのではなく、ビジネスに積極的に活かしていくことが求められています。むしろ、自社のインフラをオープン・イノベーションのプロジェクトに提供し、活用してもらうつもりでいた方が、ビジネスの発展のためには良いわけです。そして、そのようなプロジェクトを自らプロデュースしたり、それに参加したりするような社員を育成していく必要があるのですが、今や一部の社員のみに新規事業開発を任せるというよりは、全ての社員にオープン・イノベーションに参加する機会を与え、啓蒙していくくらいの方が良いでしょう。そのためには働き方改革、テレワークなどを通じて、コワーキングスペース等で働いたり、社員が社外の人と繋がる機会を増やしていくことも重要と考えています」

留目 真伸(Masanobu Todome)
レノボ・ジャパン 代表取締役社長
1971年、東京都生まれ。総合商社のトーメンで発電プラントのプロジェクト開発等に携わった後、戦略コンサルティングのモニターグループへ。2002年にデル、その後ファーストリテイリングを経て、2006年に常務執行役員としてレノボ・ジャパンに入社。2011年からはNECとのPC事業統合の責任者に任命される。2012年米国ノースカロライナにあるレノボ・グループ本社の戦略部門にエグゼクティブ・ディレクターとして着任し、全世界の事業統合を担当。2013年よりレノボ・ジャパンおよびNECパーソナルコンピュータ両社のコンシューマー事業を統括。2015年4月、レノボ・ジャパン代表取締役社長および、NECパーソナルコンピュータ代表取締役執行役員社長に就任。9月からはレノボ・エンタープライズ・ソリューションズ代表取締役社長も兼任し、現在に至る。
公式サイト:http://www3.lenovo.com/jp/ja/
TEXT BY 和田知巳
PHOTOGRAPHY BY 佐藤登志雄