競合他社にも喜んでノウハウを教える。
三菱地所ハウスネット『スマート内覧事業』

不動産賃貸業界は、今、“変革前夜”なのかもしれない。これまでは不動産賃貸物件を探している一人の顧客に対し、一人の不動産業者の担当者がすべてのニーズに応えていくというサービス体系が主流であった。だが、そんな組織体制を抜本的に変えていこうとIoT(「Internet of Things」=あらゆる物がインターネットを介してつながり実現する新サービス、新ビジネスモデル)を取り入れ、業界にパラダイムシフトを起こそうとしているのが、三菱地所グループの三菱地所ハウスネット社で賃貸企画部部長を務める篠原靖直氏だ。
篠原氏は不動産賃貸業界をどのように変えていくつもりなのか。話を伺った。

優秀な人材の流出を防ぐために画期的IoT導入。

「もともと私が在籍していた三菱地所から、中古住宅の売買仲介業と賃貸住宅の管理仲介業のふたつの事業を主に担う三菱地所ハウスネットに出向したのが6年前。私自身、実務経験のある領域ではありませんでした。ですから出向当時、私なりにいろいろなデータを見たり、自社や他社の話を聞いてまわったりしていました。そのなかで、現在の不動産賃貸業界でスタンダードとされているサービスの提供の仕方は生産性の高い姿ではなさそうだ、と気づいたのです」

不動産賃貸業のスタッフというと、プロフェッショナルな領域で高いスキルが求められると一般に認識されているだろう。しかし、篠原氏はその認識に疑問を抱いたという。

「不動産賃貸業の仕事は専門性が高いと思われがちですが、実は作業単位で細かく分割していくと、個別の作業レベルでは必ずしも難しいことばかりではないのです。ただ一人の顧客のニーズに一人の担当者が最初から最後まで応えていくとなると、確かに高い専門性が求められてしまう。
そのため、一例ですが妊娠・出産後に復職を希望している優秀な女性スタッフがいたとしても、あきらめて退職してしまうというケースが少なからずあったのです。育児との両立で働き方に制限ができてしまうため、顧客のニーズにすべて応えることができず職務をまっとうできないと考え、復職をあきらめてしまうのです。ですが、そういった方々と同じレベルの人材をまたイチから育てるにはコストも時間もかかってしまいます。
これを解消するために、作業単位ごとに分業制を採用し、一人あたりの業務量を減らすことが必要。それができれば、妊娠・出産後も女性スタッフが退職せずに働き続けられる環境を整えられ、会社の生産性も上げられるのではないかと考えたのです」

そこで、篠原氏は「いかに人がやらなくていい仕事を増やせるか」という発想に思い至ったという。IoTを積極的に採用し、作業単位で細かく分割した作業のひとつを人が介在せずにコンピュータに担わせることができれば、スタッフ一人あたりの業務量軽減に繋がると考えたのだ。

自社の実証データを競合他社と共有することもある。

その一環で目をつけたのがスマートフォンで住戸の鍵を操作できる新技術、「スマートロック」だ。スマートロックとは、住戸の鍵を使わずとも、鍵の代わりにスマートフォンの操作で開錠できるという技術である。

「『NinjaLock』というスマートロックを手掛けているライナフ社さんと組み、運用を始めたのが『スマート内覧』。内覧希望物件をインターネットで予約すれば自身のスマートフォンで部屋の鍵を開錠でき、不動産業者スタッフの立ち会いなしでの内覧ができるというサービスです。
企画発足からサービス開始まで約1年半で漕ぎつけましたが、少しずつマイナーチェンジを加えていき、より利便性の高いサービスにしていきたいと考えています。具体的には、最近、部屋内にタブレットPCを設置し、室内設備や周辺環境などの情報を音声等でガイダンスするルームガイド機能を新たに導入しました。また、そのタブレットPCで仮申込みができる機能も実装しました」

スマート内覧を導入すれば、不動産賃貸業者からすれば顧客の内覧に立ち会う必要がなくなるため、担当スタッフの業務量が減るのは言わずもがなだろう。さらにいうならば、顧客側の“一人で気軽に内覧したい”というニーズにも応えられている。
しかし、スマート内覧は顧客側、業者側双方にWin-Winの効果をもたらす画期的なサービスゆえに、今後、競合他社から追随の動きが生まれるのも自然なことだろう。
それに対して篠原氏は「むしろ歓迎ですよ」と涼しい顔だ。

「このサービスを独占しようなどという考えは毛頭なく、スマート内覧に興味を持った他社さんと実証データを共有することもあります。当社も他社さんも、一不動産賃貸業者が持っているシェアはたかが知れていますので、仮にこのスマート内覧のサービスを囲い込んだところで、うちのグループ規模から考えれば得られる利益はさほど大きくはないのです。個人的にもこのサービスを独占することにメリットを見い出していませんし、このサービスでの成功を目指したところで、あくまで局地的な成功で世の中に大きなインパクトを与えられないでしょう。
それならば、スマート内覧のような新たなサービスがデファクトスタンダードになったことをきっかけに、業界全体がガラッと変革してくれたほうが、顧客に提供できるサービスの質は格段によくなるわけです。スマート内覧は、業務の効率化、人件費のコスト低減化を目指す施策のなかのあくまで一手段。これからも『いかに人がやらなくていい仕事を増やせるか』を軸に、多角的に新たなサービスやシステムを考案していきたいと思っています。私はそういったサービスにより変革が起こり、業界全体がひとつ上のステージへ成熟した段階で新しい競争をすべきだと考えているのです」

求めるのは、パラダイムシフトが起きた次代のアドバンテージ。

この考え方は、業界大手でもその地位に胡坐をかくことなく、むしろ業界を俯瞰で見つめ自社グループの立ち位置を客観的に分析できているからこそ。

「弊社は、不動産賃貸業界内の既存のビジネスモデルで成功している会社ではないのです。ですから、どうせならば業界にパラダイムシフトを起こして、環境が大きく変わったほうが逆転のチャンスが出てくるでしょう。新しいステージにみんな(自社や競合他社)で移り、そこでサービスのスタートが早かったアドバンデージを生かして、今の業界内のポジションをひっくり返したほうがいいでしょう。小さな成功体験を今の会社のサイズで抱えておく必要がないということです。スマート内覧だけではなく、これに触発されてさまざまな新しいサービスが出てきてくれることを、私は期待しているのです」

篠原氏は、自社だけ成功すればいいというミクロな話をしている場合ではないとし、業界全体をマクロな視点で見る必要性を次のように説く。

「我々の不動産賃貸業は、AIが発達したときになくなってしまう仕事だと見られることが多いのですが、実際そのとおりだろうと思うのです。その大きな流れには抗えないだろうと。仮に不動産賃貸業のIT化を不動産賃貸業界の人間がやり始めなくても、一例ですがソニー不動産さんのような別の業界から参入してきた企業が、IT化を推し進めてしまう可能性は十分にあります。ですから業界内で小さな競争をするでもなく、既得権益にしがみつくでもなく、時代の流れの中で自分たちができることを探していく必要があるわけです」

いずれIT技術によって業界自体がディスラプトされるだろうと予見するとともに、危機感を抱いている篠原氏。だが、ただ指を咥えているわけではない。逆に次々と新たなサービスを構築してその知見を業界内で共有することで、自らイノベーションを起こし、次代のアドバンテージを握ろうと模索しているのである。

篠原 靖直(Yasunao Sinohara)
三菱地所ハウスネット株式会社 企画部長
1977年、6月20日生まれ。2001年、三菱地所株式会社入社。大規模造成団地開発・販売、大規模マンション開発・販売企画などを担当した後、経営企画部に異動。 2012年より三菱地所ハウスネット株式会社に出向し、売買仲介事業、賃貸管理・仲介事業の成長戦略立案・実行にあたる。
公式サイト:http://www.mec-h.co.jp/
TEXT BY 昌谷大介(株式会社A4studio)
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治