失敗しても反省しない。

ミャンマー、ルーマニアという異文化の国で、事業の立ち上げ、企業買収を手がけてきたMHアグロ・コンサルティング代表取締役社長、佐藤日出高氏。氏が語ってくれた経験には事業をうまく運ぶヒントがたくさん隠されている。

「私は2種類のマラリアにかかったことがあります。一つは三日熱で、症状はそこまで酷くなく、もう一つは死亡率が世界トップ5に入る熱帯熱マラリアでした。まれなケースらしいですが、どちらも本格的に発病することはありませんでした」

青年海外協力隊としてアフリカ・ケニアで稲作指導をしていた経験を持つ佐藤日出高氏は、肉体も精神もタフな事業家だ。佐藤氏がミャンマーに所在するマースインターナショナル社の経営の立て直しと改革を託され着任したのは1999年のことだった。

「ミャンマーにもマラリアはあって、その対策として蚊取り線香が有効な手段なわけです。しかし、いい製品が現地にはない。有効成分が入っているのかわからないような劣悪な物が多い中、住友化学が持っている効果が高い成分を使った物を販売したら社会貢献にもなるだろう。我々としても新規事業として足がかりをつくるためにはいい機会になると思いました。当時ミャンマーはマーケットとしては鎖国に近い状態でしたので」

マースインターナショナル社の設立は1997年。住友商事、アース製薬、ミャンマー農業省の共同出資による蚊取り線香の製造販売会社だ。当初は利益の確保ができず、苦しい経営が続いていた。佐藤氏が行ったのはほとんどゼロベースからの立ち上げだった。

「まずはきちんと蚊取り線香を生産できる体制を整えなければなりませんでした。そもそも、原材料が手に入らないという問題があったんです。木粉とか。まずはこの木粉の材料開発、生産機械などの資材開発、木粉を作ってくれる人材開発もやらなければならなかったのです。
それから電気が来ないという苦労がありました。1日8時間操業。本当は3交代で24時間操業したほうが効率もいいし固定費も下がるので良いのです。しかし、電気が来ないのです。電気は1日10時間来ると言われていましたが、実際は4時間ぐらいしか来なかった。それで何をやったかといったら、闇のマーケットでディーゼルを10万リットルぐらい買ってきて、ジェネレータを回していました。
外貨のマーケットがないのにも困りました。蚊取り線香を国内で売っていたら現地通貨のチャットだけ貯まるので、事業が続けられない。輸出して、外貨を稼がなければ、住友化学からピレスロイドという原材料を買えません。台湾の会社に輸出して外貨を稼いで、その外貨でもって原材料を輸入するというような輸出先の開発をしなければなりませんでした。しかし、輸入許可が下りないなんて想定外のこともしょっちゅうありました」

ビジネスに障害はつきもの。しかし、佐藤氏がそれを乗り越えていくには現地での地道なネットワーク作りしかなかった。

「彼らとの信頼関係を築かないと木粉も手に入らない。支払いをよくするとか贈り物を持って行くとかしました。また、便宜を図って彼らにもディーゼルを都合するとか、機材を買うのにお金がないといえば貸したりもしました。そういうことをしながらネットワークを育てていく感じでしたね」

これが水も電気もないアフリカで学んだ佐藤流のコミュニケーション術。販売ルートの多様化による売上増加、原材料費低減による製造コストの削減、台湾とヨーロッパへの輸出による外貨の獲得という手立てを氏が次々に実現することでマースインターナショナル社は黒字に転換していった。

佐藤氏が次に着手したのは、2つの課題。それは企業の社会的価値を高めることと、従業員のモチベーションを上げて組織の強化を図ること。それは社会貢献プログラムともなった。
「気分が乗らないから会社に来ないとかで出勤率が悪いんです。だいたい75~80パーセントぐらいなんですよ。蚊取り線香を台湾に輸出する話をしましたが、コンテナーには手で積むしかないんです。従業員だけでやっていても埒が明かないということで、人を外から雇うんですけど、働きに来るのはみんな子供なんですよ。この子達は学校には行かないのか? 調べたら、子供達が働かなければ家族が食っていけないのです。子供達は働かされているのではなく、家族のために自ら働いていたのです。それで従業員の住んでいる村の子供たちがどのぐらい学校に行けていないのか調べたら、4割ぐらい行けていないことがわかりました。それじゃあ、スカラーシップで彼らを学校に行かせるプログラムを組むこととしました。そして150人学校に行かせたんです。そうすると、徐々に出勤率が90パーセントにまで上がってくるんです。会社を社会が尊敬してくれ、そこに属することがステイタスとなったのですね。会社は社会的にポジティブなインパクトを与えるところとすることで、従業員がそこで働くことの誇りを持つようになれば、モチベーションも変わってくるんです。来ないからって減俸したりしても長続きはしないんです」

みんな寄り添って生きている社会性の強い国だから、そこに踏み込んでみるという手法もアフリカで学んだことだという。従業員は受け身だった姿勢から積極的に仕事に関わるようになり、大幅な業績改善につながった。

「もう一つは、身体に障がいを持つ方の採用です。不平不満が多い女性だけのパッキングの職場に足の不自由な方を力仕事で入れたところ、不平不満がなくなったのです。今まで言っていた不平不満は大変贅沢なことなのだという意識が芽生えたのだと思います。とはいえ、これは身体の不自由な方達が一所懸命働くことが大前提ではありますが。また、ある日この青年が、私のところにやって来て、私はここで初めて給料をもらい、それがお父さんの給料より高いので、お母さんは喜んでくれた。だからもっと給料が高い製造の職場に移りたいって言うのです。働く機会が与えられると家族の中でポジションが上がってくるんですね。しかし、君の身体の状態を考慮した結果そこで働いてもらっているのであってどこでも働けるわけではない。会社はボランティアじゃないからそういう理由では移せないと説明して、わかってもらいました。
またある日、彼が並べたカートンボックスが蛇行しているのを見て秘書が笑っていたのです、どうしたのと聞いたら、失恋したらしいと。これこそ、このプログラムの真髄だと言いましたね。自信がなかったら、好きな子ができても告白しなかっただろう。今はそうじゃない。健常者にも負けない給料をもらっている。お父さんより給料は高い。だから告白した。それで断られた。彼はディグニティを手に入れたからそういう行為に出たわけで、そこが大切じゃないかと。ハンディキャッププロジェクトのポイントはコンプレックスをなくして尊厳を持つこと。だから私は、彼がカートを蛇行させてしまっていたということが一番嬉しかったですね。残念ながら恋は実らなかったけれど、尊厳を持てたのですから」

トップマネジメントを15年やっているという佐藤氏、失敗はなかったのだろうか?

「いっぱいあるんですけど、社長は反省してはいけないというのが持論です。その時自分が判断したのはベストだと思っていないとだめです。失敗したことをずっと引っ張ってしまっていると、何の決断もできなくなります。実は一期だけ赤字だったことがあるのです。売上が下がったのではなく、手元にキャッシュを抱えこんでいたことが原因です。USドルの決算なので、抱えていた現金が為替の変化で評価損を出したのです。これは勉強になりました。家計じゃないのだから現ナマ持ってれば常にいいわけではない、余計な金はリスクだと。バランスシートはゼロに近いのがいいとずっと思っています」

佐藤氏の次なる舞台は、肥沃な穀倉地帯を持つ農業国ルーマニア。サミット・アグロ・ルーマニアの社長を5年務める間、農薬、種、肥料といった農業資材を販売するアルチェド社との買収交渉を成立させた。

「よく市場調査というのがありますが、たとえばルーマニアの農地面積は約1400万haで、麦は200万ha栽培されています。一番売れている農薬はバイエルです、というような平たいマーケットレポートが出てくるのですが、それはあくまで表面的なものであって、真のルーマニアの農業を知ろうと思ったら、共産主義時代から革命後の歴史とか構造とかそこまで踏み込まなければわかりません。農家にインタビューをして、彼らがどういうメンタリティもっているのか、なぜ農協がなくなったのかなど、いろいろと調べました。マーケットシェアだけではなく、歴史と構造を解析してビジネスモデルを構築していくという点で浮かび上がってきたのが、アルチェドでした」

買収による事業モデルの構築。アルチェド社の価値は何だったのか?

「我々がやっている農薬輸入販売業よりもはるかにアルチェドに代表されるディストリビュータにより複合的で高度な機能が求められるということでした。なぜか? 分析していくと、ファイナンスの能力があるからです。農家に対してプロダクトファイナンスをしている。農家はそれがないと農業ができないからアルチェドに依存しているのです。アルチェドは、さらに生産技術の指導もしている。それでルーマニアの農業を支えているディストリビュータというレイヤーに下りていく判断をしたのです。
加えて、当時このディストリビュータというレイヤーにいたのは、農薬、肥料、種を専門にしているローカル専門の企業達でした。ここに資本財がついたらワンストップで展開することが可能で、事業の拡大につながると考えました。要はレボリューションの後にできた会社なので、ファイナンスには限界があるわけです。社長も自分のアパートを担保に入れて、夜眠れなかったりするわけですよ。
もう一つは農家との関係が非常に強い。農家のクレジタビリティ、与信ですね、これを把握しているんです。この農家は酒を飲むとか、愛人がいるとか。ですから必要以上は出さない。取りっぱぐれのないように長年培われて来たノウハウがあるから回収率は99.5パーセントと高い。ローカルで強い企業、ナンバー1にはナンバー1のオペレーションがありますね」

このアルチェド社の買収には2年半を要した。

「買収交渉中で、条件が問題になったことはありません。一番揉めたのは買収後のオペレーションです。我々としては、オペレーションはできないから任せたい、が口は当然出したい。彼らはそれではやっていけない。人が変わるのも想定されるが、それも嫌がると。社会性が強い中で作られた会社なので、家族みたいなものなんです。経済合理性を追求する日本の組織とはまったく違っているので我々としては手詰まりになってしまうんです。交渉してブレイクし、ほとぼりを冷ましてからまたこそっと会いにいって、本当にやめる? 始めたいの? なんだ、じゃあもう一回やろうかと。これをずっと繰り返していました。一緒にご飯を食べたりしてできている人間関係をベースに、交渉自体は最後の一歩手前で止まっている状態でした。お互いの信頼関係がなかったら一度のブレイクで終わりだったでしょうね」

ミャンマーとルーマニアにおいて、佐藤氏が成し遂げてきたことを概観すると、氏のぶれない利益思考とコミュニケーション術がうかがい知れる。最後に事業観を聞いてみた。

「利益とは何かを常に考えています。世の中にある問題を解決するためにプロダクトないしはサービスを提供することで得る対価が利益ですね。ではこの問題をどう想定するか。問題はテクニカルに解決できる問題とアダプションが必要な問題がありますが、テクニカルに解決できる問題だったら、何を持ち込めば解決できるのか、お金なのか、プロダクトなのか、新しい商品なのかと。人間って意外とアダプションされているので、アダプションによって問題が解決されているから、それ自体問題だと思っていないことあるんですよ。逆に捉えて、新しい何かを提供したら問題が浮き彫りになることがあります。例えば冷蔵庫がアラスカでたくさん売れたという話がありますよね。アラスカでは冷蔵は適温だからということで売れたわけです。
問題を洗い出して、アプローチの仕方を明確にすることが必要なのですが、それを事業に落とし込んでいく時にどうするか。私はやはりチームだと思います。人に動いてもらう時に大事なのは、経済合理性ではなく社会的なものだと思います。私がすごいなと思ったのは、アルチェドの社長の人心掌握術です。エピソードを紹介しますと、男性社員が遠距離恋愛していて、休日会社の車を使って恋人に会いにいく時に事故を起こしたんです。そうしたら社長が私のところにやって来て、彼が事故を起こして背骨を折ったのだが、優秀な営業マンだから、会社のお金で手術してやってもいいかというんです。いいけど、会社のためになるのかと、私は訊きました。ここで助けてやればあいつはここで一生働くというわけですよ。彼は社会性を使って、社員のロイヤリティを高めていくことをやる。組織の厳しいところと使い分ける。なるほどと思いましたね。こういうことが必要だと思うんです」

佐藤 日出高(Hidetaka Satou)
MHアグロ・コンサルティング 代表取締役社長
1961年、福岡県生まれ。クミアイ化学で農薬の研究に携わった後、青年海外協力隊としてアフリカ・ケニアで2年間稲作指導を行う。住友化学で農薬、家庭用殺虫剤の技術営業、その後国連地域開発センターを経て、1999年住友商事とアース製薬の出資によるマースインターナショナル代表取締役社長に就任。2006年、住友商事の子会社サミット・アグロ・ルーマニア代表取締役社長、2011年から14年までアルチェド社の副社長を務めた。
TEXT BY 和田知巳
PHOTOGRAPHY BY 佐藤登志雄