新たな『霧ヶ峰』をつくる
50年越しの挑戦。

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壁掛セパレート形エアコン『霧ヶ峰』。世界で初めてラインフローファンを搭載し、現在のエアコンのスタンダードをつくりあげた三菱電機を代表するブランドだ。その土台となったファンの構造をゼロから見直し、半世紀ぶりに新たなモデルの開発に取り組んだのが、今回の主人公、松本崇氏である。プロジェクト発足から約7年。『霧ヶ峰』のイノベーションモデルが誕生するまでの軌跡を追った。

50年間、誰にも触れられ
なかった "聖域"。

1968年の発売開始から50年近く、『霧ヶ峰』は「快適」と「省エネ」の両立を追求し、業界をリードし続けてきた。軽量化やコンパクト化、除湿や空気清浄などの機能の追加、人の位置や床や壁の温度を感知するセンサーの搭載など。時代に合わせて常に進化を続けてきた同製品には、発売開始から50年もの間、一切形を変えずに受け継がれてきたものがあった。それが、エアコン内部に搭載された送風機、ラインフローファンである。

このファンの導入によって、三菱電機は他社に先駆けて薄型の壁掛セパレート形エアコンの開発に成功。「壁掛セパレート形」は、その後世界のスタンダードとなった。

しかしながら近年、各社との激しい省エネ競争に伴いエアコンの外形寸法は拡大する一方であった。スペースをとらない画期的な構造である一方、今後、更なる省エネ改善を目指すには、ラインフローファンでの限界が見えはじめていた。

「省エネ競争が激化していく中、ラインフローファンの構造のままでは、熱交換器を多く搭載し、ファン自体を大きくしなければ勝てない。それではエアコンが大型化し、お客様のニーズからかけ離れていく」「ライフローファンの送風機ありきの固定観念を捨て去る必要があった」

当時、すでにムーブアイによって "目" は確実によくなっていた。だが、肝心の "手足" が "目" の性能に応えきれていなかった。『霧ヶ峰』のイノベーションモデルの開発において、重点を置かれたのは "手足" の改良。白羽の矢が立ったのは、ラインフローファンに比べて、はるかに送風効率がよいプロペラファンだった。プロペラファンを採用し、風の流れを見直す。それは、エアコン自体の構造をゼロから見直すことを意味していた。

難題に次ぐ、
さらなる難題。

「このプロジェクト、実は何度も転んでいるんです」

松本は、最初にそう断りを入れた。開発当初のターゲットは海外市場。海外の省エネ規制が大きく変わるタイミングで市場に投入するべく、プロジェクトは動き出した。海外では日本同様に、薄型デザインのエアコンが主流。限られたスペースに、どのように送風機構を組み込むか。当初、小さなプロペラファンを3つ搭載するといった商品企画が考えられていた。

ところが、ライフローファンに対し送風効率の良いプロペラファンを駆動させるには、ふさわしいモーターが見つからない。かといって、プロペラファン専用のモーターを新たに開発するには何億もの投資が必要になる。成功の目処の立たないプロジェクトに、ポンと出せる数字ではなかった。

結果的に、この計画は頓挫する。本部長への報告の場で、うなだれるメンバーを待ち受けていたのは、耳を疑うような言葉だった。

「プロペラファン技術の優位性を国内市場で証明して見せろ! 」

海外の省エネ基準も達成できないのに、どうやってより厳しい国内の基準を満たすのか。さらに国内のエアコンは、海外以上に複雑だ。人感センサーや、自動お掃除機能による付帯部品が多く、ファンの開発のために自由にいじれるスペースはほとんどない。「できるわけがない」開発メンバーの誰もが内心、そう思っていた。ゴールがまったく見えない中、もう一度ゼロから国内向けの製品開発に取り組むことになった。

そのタイミングで声がかかったのが、ムーブアイの生みの親でもある松本だった。

「周囲からの注目度が高い、半世紀ぶりのビックプロジェクトですから。『霧ヶ峰』のブランドに恥じないものを創らなければいけない。先輩たちが50年繋げてきたバトンを、落とすわけにはいかない。重圧は感じましたね」

先が見えないトンネル。
立ち込める暗雲。

通常、新たなモデルを開発する際、何年度の製品に載せるか、あらかじめゴールを決めてからプロジェクトが進行する。ところが、今回に限っては、その確約ができなかった。それほど、先の見えないプロジェクトだったのだ。

「決まっていたのは、国内市場で通用する新たなモデルをつくる、ということだけ。ファンをどうするか。熱交換器をどうするか。何も決まっていないわけですから、エアコンの図面を描こうにも、目から書けばいいか、鼻から書けばいいか」

仕様を決めないことには、開発は先には進めない。当然、1年間で設計は終わらず、年度をまたいで開発は続いた。松本がこだわったのは、二つのプロペラファンを搭載することだった。それぞれのファンを独立して動かすことができれば、ムーブアイと連動し、暑がりの人と寒がりの人、それぞれに快適な送風ができる。ファンの動きに無駄がなくなれば、省エネ効果も計り知れない。

「何が何でも、プロペラファンを二つ積みたい。別々に動かしたい。争点になったのは、やはり動力の部分でした」

苦肉の策として編み出されたのは、ラインフローファンのモーターを利用し、ゴムベルトで二つのファンを回す、という仕様案。ところが、またしても問題が浮上する。ゴムベルトの供給には素材メーカーの協力が不可欠。だが、供給元のメーカーからは、ゴムの耐久年数についてのノウハウは明示されなかったのだ。

「磨耗や劣化をテストするために、寿命試験治具を20~30台用意して、試験を行いました。問題がないかどうか毎朝チェックするんですよ。こうして、とある素材メーカーのゴムの寿命特性を、自分たちでまとめました」

三菱電機『霧ヶ峰』がエアコンの寿命の目安においているのは、15年。だがテストの結果、ゴムの耐久性の保証ができたのは13年まで。活路が見いだせたと思った矢先、再び暗雲が立ち込めた。

神風が吹いた日。

打つ手がないままに迎えた定期報告会の日。

「腹をくくって、会議に臨みました」

前回に続いて今回もまた開発者らを苦しめたのは、動力の問題だった。専用の小型モーターをつくって独立駆動させることができれば、間違いなくいいものが作れる。松本には、自信があった。だが、成功の保証はどこにもない。投資しても回収できると断言はできない。その時点で、仕切り直しをしてから1年半が経過していた。なんの成果もあげられないまま、コストばかりが膨らんでいた。松本は一通りの報告を終え、沈黙する他なかった。「このエアコンで何をしたいのか? 」本部長の言葉を受けて、松本はやっと重い口を開いた。

「『霧ヶ峰』は進化を重ねて、部屋全体から人を快適にすることが出来るようになった。けれども今の構造のままでは、ひとり一人を快適にすることが出来ない。暑がりや寒がりの人、それぞれを快適にするためには左右独立で駆動するファンが必要になる。このエアコンでひとり一人の快適という新しい価値のエアコンを作りたい」

「どうすれば出来るのか? 」
本部長からの問いかけに、なおも松本は続けた。

「この技術は、専用の小型モーターを作れば、左右独立の気流を生み出すことができる。そうすれば、省エネ効率は格段に上がり、エアコンとしての性能もダントツに良くなる。我々が本当にやりたいのはプロペラファン専用モーターの開発です」

「それなら、オリジナルのモーターを作ればよい」

叱責を覚悟の上だったが、この時の議論により、思いがけずモーター開発の承認が下りる。モーターを自社で内製できるとなってから、一気にプロジェクトは加速した。

「この決定を受けて、社内のモーター製造の部隊を味方につけることができた。まさに、神風がふいたと思いました」

こうして三菱電機最高峰のモーター製造技術を駆使し、小型モーターの開発が動き出す。同時に、最小のモーターで最大の風量を出すプロペラの機構を考えるべく、毎日図面を書いては3Dプリンタでプリントし、試作をつくった。何十通りもの羽をつくり、トライを繰り返して出来上がったのが、今のプロペラの形状だった。

月から金まで
飲み明かす。

左右独立駆動するファンができれば、間違いなく世界初となる。新型ファン「パーソナルツインフロー」の開発が進むにつれ、社内の機運も高まっていった。それには、部署をまたいで社内を巻き込んでいった「飲み会」も一役買っていた。

「この時期は、とにかく関わる部署、一緒に働くメンバーとよく飲みました。月曜から金曜まで毎日のように」

松本は、ただ楽しく飲んでいたわけではない。飲みながら、夢を語っていた。

「もはや、イノベーションモデルの開発という認識ではなくなっていました。新しいモデルによって、いかにライフスタイルを変えて、潜在的なニーズを解決するか。業界において、ひとつのエポックをつくる気持ちで臨んでいた」

『霧ヶ峰』というブランドの新しいモデルを考えることは、エアコンの未来を考えることでもあった。製品を通して、どんな世界を実現したいか。生活のベネフィットを上げるために何ができるか。松本につられて、飲み会では誰もが口々に熱く語った。それがモチベーションとなり、メンバー間の結束も強くなっていった。

「新製品の開発は、毎日が試行錯誤で、迷いの連続。そんな時、ともに同じ苦しみを味わい、支え合える仲間がどれだけいるかが本当に大事だと思っています」

プロジェクト発足時は5~6名だった仲間が、社内を横断して協力を仰ぐうちに、どんどん増えていった。基礎開発を終え、量産のステージに入ったタイミングで、松本は開発から外れた。

「お前が一番技術のことがわかっているから、お前が売ってこいと。それから2年は営業で、しゃかりきに売りました」

今あるものを、
捨て去る勇気。

プロジェクト発足から、足掛け7年。『霧ヶ峰 ADVANCE FZシリーズ』は、50年ぶりのモデルチェンジとして、リリース直後から市場に大きなインパクトを与えた。世界初の左右独立駆動する「パーソナルツインフロー」とセンシング解像度を高めた「ムーブアイ極」との連携によって、前年度モデルと比較し、エネルギー消費効率を13.2%も改善。『霧ヶ峰』の技術者にとって、受賞が至上命題になっている「省エネ大賞」において、最高賞である「経済産業大臣賞」に輝いた。だが、松本はやりきった、とは考えていない。

「エアコンを通じて、どう世の中の人を豊かにできるか。そのために、まだまだやるべきことがある」

今ある技術の延長線上にあるものは、すでに世の中にある。今ある技術を捨て去る覚悟で、本当にあるべきものは何かを突き詰めないと答えにはたどり着けない。松本は、こうも続けた。

「今後、建物が高断熱になれば、エアコンのあり方も変わっていく。事業モデル自体も変わっていくでしょう。だからこそ、現在の延長線上から離れて、未来にタネを蒔いていくことが重要だと感じています」

松本 崇(Takashi Matsumoto)
1997年、三菱電機株式会社に入社。静岡製作所にて、エアコンの設計・開発に携わる。初期の段階からムーブアイの開発に携わってきた、ムーブアイの生みの親。2017年よりルームエアコン製造部 先行開発グループマネージャーに就任。
公式サイト:http://www.mitsubishielectric.co.jp/home/kirigamine/
TEXT BY 山田知奈(株式会社パラドックス)
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治