業界を変える組織。

全国に数多くある携帯電話のキャリアショップ。ショップは各通信キャリア会社の経営ではなく、キャリアと顧客の間に販売代理会社が入っており、それぞれが各キャリア会社との代理店契約に基づきサービスを行っていた。そこへ2014年、キャリアや代理店の壁を取り払い、販売代理店業界全体に横串を通す形で立ち上がったのが、全国携帯電話販売代理店協会(以下、全携協)だ。当初の目的は、ショップへ寄せられる消費者クレームの縮減と全国のショップで働く約10万人のスタッフたちのES向上。現在はこれらの目的の達成をさらに推進していくために、活動の幅はますます広がっている。組織が立ち上がった背景から、具体的な活動内容、そして現時点の成果について、全携協・会長の竹岡哲朗氏に話を聞くことができた。

お得に見えるキャンペーンこそ
顧客クレームを生み出していた。

他店より安い価格を訴求したり、よりよい接客サービスを追求したり。各ショップが工夫して顧客を獲得していくことは、本来競争原理に反しない。しかし、その競争があまりに激化してしまったがために、逆に消費者を置き去りにしてしまったのが携帯電話の販売業界だった。

大きなターニングポイントはiPhoneが日本国内で発売された2008年ごろ。Android端末とiPhoneがしのぎを削り、スマホ人口が急激に増えるとともに、キャリア会社の乗り換えが活発になった。そこで大手キャリア会社は顧客獲得のため、乗り換えキャンペーンを競って始めることになる。「あれは、本当に顧客の『奪い合い』のようでしたよ」と竹岡は言う。

「元々お得になるキャンペーンは各キャリア会社がやっていたことではあるのですが、『キャッシュバック』や『実質0円』なんて言葉がどのショップでも謳われるようになったのはそのころですね。スマートフォンって、本来は10万円を超えるような高額な商品です。それが乗り換えキャンペーンをうまく利用することで、ほとんどタダになる。不思議な仕組みが運用されていました。そんな仕組みですから、どこかで無理が生じていたんです」

たとえばキャンペーンを利用するために、様々なオプションサービスをつけたり、料金プランを変更したりすれば、契約内容はどんどん複雑になっていく。販売スタッフですらも、本当に理解して説明しているのかあやしいようなショップもあったようだ。そのような状況から、契約内容が顧客に正確に伝わりきっていない事態が頻発。「聞いていない違約金が発生している」とか「キャッシュバックが受けられなかった」といったクレームは急速に増えていったという。

問題を解消するには、顧客一人ひとりがサービスを十分に理解できるよう、手厚い対面サービスが求められる。しかしその必要性とは裏腹に、顧客が理解するのに十分な説明を行う実質的な時間はどんどん短くなっていた。スマートフォンの人気、活発になったキャリアの乗り換えキャンペーンなどで、ショップを訪れる顧客の数自体が相当数、増えていたのだ。さらに問題は、店舗スタッフの働き方にも問題が出ていた。顧客が増えクレームも増えれば、必然的に労働時間が長くなってしまう。あるいは、他の店舗との競争を意識して、少しでも営業時間を長く、営業日を多く、とスタッフの負担は大きくなるばかり。多くのことが複合的に作用し、業界全体が悪い方向へ進んでいたのだった。

業界全体の変革には、
「変わるための組織」が不可欠だった。

2012年には内閣府の消費者委員会から、顧客クレームの縮減に向け、取り組みを実施するよう各キャリア会社への警告が発せられたが、具体的な対策はあまり進まなかった。

抜本的な解決が見られないまま、2014年7月には、総務省の有識者会議で、「携帯電話業界に、販売形態を問わずクーリングオフ制度を導入すべき」とのとりまとめがなされてしまうことになる。突然の措置としてはあまりに重く、竹岡はじめ、国内の主要販売代理店の関係者にとっては青天の霹靂だった。

「クーリングオフ制度が導入されることは、ものすごく重い意味を持つんですよ。クーリングオフが適用されるのって、訪問販売とか電話勧誘。不意打ち的で、消費者にきちんと考える余裕の少ない商法に適用される事が多いんです。それが私たちの業界、しかも店頭販売に適用されてしまうのは、非常に印象が悪い。『クーリングオフが適用されるような、消費者にきちんと説明などをしないのが、携帯電話販売なんだ』って、『ブラック業界』になってしまう懸念がありました」

それだけではない。8日間以内なら解約できるということになれば、ただでさえ混雑を極めているショップが、さらに解約するお客様の対応にも追われることになる。ショップは更に忙しくなり、接客の質は落ちていくだろうと予測された。しかもたった8日であれ使ってしまったら、その携帯電話は『中古品』。クーリングオフが殺到した場合、行き場のない中古携帯電話がショップに溢れてしまう恐れもあったのだ。

この状況に危機感を抱き、対応を協議していた竹岡はじめ、大手販売代理店の経営者たちはひとつの判断を下す。「もう個々のショップでの対策では無理がある」ということだ。

「日々顧客と対面しているショップスタッフにとって、第一優先なのは顧客。目の前の仕事で手一杯なのに、サービス内容やクレームへの改善を考えながら行うことは限界が見えている。業界全体の改善を行うには、業界を横断し、全体を変えていくための組織が必要だと考えました」

販売代理店業界が立ち上がった。そうして2014年12月に生まれたのが、全携協だ。

人の教育とクレームの縮減は、表裏一体。

設立当初の目的は、ふたつ。顧客クレームの縮減とショップスタッフのES向上を掲げた。店頭でのクレームを収集・分析し、よくあるクレームを見つけ出すことで未然に防いだり、オペレーションの改善を各キャリア会社へ提案・要望したり。スタッフの知識やスキルをより高いものにしてトラブルにつながらない接客を目指したのだ。

まずはクレームの分析だ。加盟しているショップに届いた消費者からの声・クレームを協会に集め、データ化。どのようなクレームが多いのか、それに対し、有用な対策は何か。真因の特定と対策を定め、協会でできることは加盟ショップへ一気に広めていき、各キャリア会社の協力が必要なことは定期的に要望していった。

全携協が取り組んだことのもうひとつが、ショップスタッフのES向上。クレームの一因として、キャンペーンやプランの説明がきちんと伝わっていないことが挙げられていたため、明確な説明と丁寧なサービスができるように変えていく必要があった。一方、せっかくこの業界の仕事に就いても、習得すべき事項が多すぎて、ついていけずに短期間で辞めてしまうショップスタッフも多く、低い定着率が説明力の向上を阻む大きな要因となっていた。きちんと説明するためには体系的な教育が必要だ。しかし、店舗ごとに新人スタッフの教育をしていては、教育する店長やリーダーも忙しいため、時間が十分に取れない。教育できなければ説明の質も向上せず、離職率も高まる。そこで、協会もスタッフ研修に乗り出すこととし、加盟するショップの新人スタッフに対して協会で一斉研修を行い、質の高い人材を育て上げていく支援をすることにした。

「最初に行った主な取り組みはふたつでしたが、それは結果的に大きな相互作用を生み出しました。質の高いサービスができるよう教育に力を入れれば、クレームが減っていく。クレームが減ればショップの負担は時間的にも精神的にも減りますから、またよりよいサービスを行っていくことにつながるとともに、定着率の向上にもつながる。ふたつ同時に改善を図ったことで、どちらにもよい結果をもたらすことになってきました。

2014年に全携協が発足した当時と比べると、現在ではクレームの件数は14パーセントほど少なくなっています。まだ道半ばではありますが、この14パーセントは大きな数字。ショップそれぞれでの対応でなく、業界が一丸となって取り組んだことの結果が目に見えて出てきているのだと感じますね」

「せーの」で始めなければ、業界全体は変われない。

当初の目的に関しては一定の成果を出しつつある全携協、次の目標はキャリアショップにおける働き方改革だという。

「教育に力を入れたのですから、スキルの高い人材には、定着をしてほしいんです。そのために必要なのが、働く環境を変えていくことだと思います。競争が激しい中で、ひとつのショップが率先して変わるのは難しい。だから、業界全体が『せーの』で変わっていかなければならない。労働時間を短くしていくことだったり、元日は休業にしましょうとか(※)、そのあたりの呼びかけをいまやっているところです」

※この取材ののち、2018年の元旦は各キャリアとも70~80パーセントの店舗を休業とした。

キャリアショップには女性のスタッフが圧倒的に多い。この業界の働き方を考えていくことは、日本全体の女性活躍にもつながっていく可能性も期待できるだろう。さらに全携協として、若年層に向けスマートフォンの安心安全な使用に関する啓発や講習を行うといった活動も今後拡大していくと言う。

「だんだん協会としての取り組みが多岐にわたってきました。ショップでのクレーム削減はマイナスをゼロに戻したに過ぎません。これから社会の発展に寄与する活動に力を入れていきたいですね。スマートフォンなどの機器を誰もが使いこなせるようになることって、日本におけるICTのレベルを上げていくことに不可欠だと思いますから。私たち全携協としては一定の成果をあげたものも、これからやっていきたいものも、様々ありますが、まだまだ課題が多いことも事実です。全国約10万人の全携協加盟ショップのスタッフが日本のICTを支え、日本再興戦略に謳われる『日本を世界に冠たるICT立国とする』という目標を実現する原動力となることを確信しています。そのためにも、ここから業界全体をもっと変革できる組織になっていきたいですね」

竹岡 哲朗(Tetsuro Takeoka)
一般社団法人 全国携帯電話販売代理店協会 代表理事 会長
株式会社 ティーガイア 前取締役会長
住友商事株式会社入社後、プラント輸出業務などを経て、メディア分野の業務を担当。ジュピターゴルフネットワーク株式会社 代表取締役社長、ジュビター・プログラミング代表取締役社長、株式会社ティーガイア代表取締役社長を歴任し、2015年より現職。
公式サイト:http://www.keitai.or.jp/
TEXT BY 山縣杏
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治