2500年の時を経て、 未来遺産を継承せよ。

NTTデータ 『バチカン図書館デジタルアーカイビング事業』

2世紀から20世紀にかけて執筆された手書きの文献が眠るバチカン図書館。その約8万冊の蔵書をデジタル化し長期保存を目指すプロジェクトに、名乗りを上げた日本企業がある。国立国会図書館をはじめ国内デジタルアーカイブプロジェクトで実績のある、NTTデータだ。民間企業が、バチカン市国と大型の有償契約を結んだ例は、他に類がない。当然、交渉は難航を極め、計画は何度も座礁しかけた。長きに渡る交渉の末、締結に至るまでプロジェクトを率いた、NTTデータの中城章史氏に話を聞いた。

しどろもどろで、カトリックの総本山へ。

バチカン市国は、言わずと知れたカトリックの総本山。その中央に位置するバチカン教皇庁の図書館には、2500年以上の歴史を経た膨大な蔵書や文書、美術的価値の高い装飾写本などが厳重に保管されている。110万冊を超える蔵書のうち、手書きの約8万冊の劣化が進み、バチカン図書館では貴重な文献の保存が急務となっていた。

「バチカン市国は、世界中の保全のためのあらゆる技術や、長期保存の取組みを模索しており、その中で、日本での取組みに深く関与していた我々NTTデータに声がかかることになったんです」NTTデータは、10年ほど前、デジタルアーカイブという言葉が広く知られるようになる以前から、国立国会図書館においてデジタルアーカイブシステムの構築に携わっている。また杉田玄白の『解体新書』など歴史的に貴重な文献を有する秋田県立図書館からの依頼で、同社デジタルアーカイブサービスである『AMLADR』の提供を行ってきた。

「お問い合わせを受けて、自社のサービスのご説明ができればいいかなと、簡単な商品資料を携えて、4人で伺いました」営業の責任者である中城と、現場のリーダー、開発の責任者に加え、通訳ができる若手の営業も同行した。「こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけれど、私の所属していた部署は、中央官庁がお客様。仕事で海外に行くことなんて考えてもいませんでした。だから、海外出張の絶好のチャンスだと思っていました(笑)」

そんな「海外出張」気分は、到着早々に打ち砕かれることになる。アポイントの前日に、コンペと判明。さらにプレゼンする人物として英語を苦手とする中城を指名してきたのだ。「(部屋の関係上)当日入室できるのは、3人まで。通訳のために同行していた若手のメンバーが、入室ができないことになってしまったんです」急遽、話す内容を全て英訳してもらい、中城は徹夜で英文を丸暗記した。NTTデータ以外に声がかかっていたのは、世界の名だたるIT企業。さらに、不慣れな英語でのプレゼンということが、プレッシャーに拍車をかけた。「サラリーマン人生で一番汗をかきました。当時グローバルビジネスとは全く無縁のドメスティックな営業部長が、しどろもどろで英語を話しているわけですから。振り返ってみると結果的には、このしどろもどろが、かえって集中して耳を傾けてくれることになったのか、皆さん前のめりになって話は聞いていただきました」ただ、自身の評価は最悪。勝てるわけがない。肩を落として帰国の途についた。ところが、それからひと月も経たずして吉報が届いた。

世のためになるか。人のためになるか。

決め手になったポイントを、中城はこう振り返る。「うちは社名にNがつく。もとは電電公社ですから、根底の部分で、国(国民)にとっての価値を考える文化があるんです。金になるか、ということよりも、まず世のため、人のためになるかを考える」そんなNTTデータと、他社のプレゼンは対照的だった。「後から聞いたのですが、他の会社は単刀直入に、ビジネスベースの話をしていたそうです。

一方私たちがまず伝えたことは、この仕事に関わる意義。貴重な文献は、未来に継承していくべき人類の大きな遺産であり、その遺産を守ることこそが、私たちの使命だという」中城のたどたどしい英語からも、NTTデータ側の本気度は伝わっていた。彼らと組めば、自分たちがやりたいことを実現できる。バチカン市国側は、そう判断した。こうして話がまとまるも、交渉締結に至るまでには、大きな壁が立ちはだかっていた。

「新規事業って、立ち上げるまでは誰でもできると思うんです。最初は利害関係がマッチングしているから。でも実際にビジネスベースに落とした時に、コントラクトの話になる。利害関係がぶつかり始めるんですよ。利害関係がぶつかり始めてからが、新規事業の本当の意味でのスタート」無償提供、支援というバチカン市国の慣習に対し、企業としてサービスの対価を得る事は譲れない我々のスタンスとは大きな隔たりがあった。

「価値観がまるで違う。そこを埋める作業が大変でした」交渉は平行線を辿った。中城らが、度々訴えたのは、ビジネスとして、この事業を請け負うことの重要性だった。「1年や2年で終わる事業ではない。ずっとやり続けなければならない事業。ビジネスという形を取らないと、継続は難しい」現地でフィジビリティ・スタディも行った。技術的には、まったく申し分なかった。しかしながら、交渉開始から約8ヶ月後、バチカン市国側から交渉打ち切りを言い渡される。そこで中城らがとった行動が、ターニングポイントとなった。

交渉決裂からの、大逆転。

「日本のサラリーマンなら、普通に考えることだと思うんです。ああいうプレゼンの機会をいただき、何度も打合せに時間を費やしてもらい、フィジビリティもさせてもらった。ならばダメならダメでお礼をしに行こうと」交渉は決裂し、関係性は良くない。正攻法でアポイントをとることも難しい。「アポなしで現地に行って、会ってもらえるまで粘ったんです。我々との交渉はダメだったとしても、日本への印象を悪くしたくなかった」仕事道具は持たず、身一つで行った。

トップに会えたのは、現地に飛んだ3日後のこと。一方的な来訪の非礼を詫び、感謝の想いを相手方に伝えた。その時、中城は思いがけない言葉を耳にする。「向こうも本音の部分では、うちとやりたいと口にしてくれたんです。こちらが礼を尽くしたことで、はじめて心を開いて話をしてくれた」感謝の気持ちを伝えに行っただけのはずが、この日を境に交渉が再開。約5ヶ月後、2014年3月に調印式を行うまで、怒涛の日々が始まった。

前例のないプロジェクトなだけに、社内の協力なしには成し得なかったと、中城は語る。「プロジェクトチームには全社のあらゆるエキスパートが集まってくれました。たとえば終盤、契約の文言の確認ひとつとっても、イタリアと日本で昼夜逆転している最中対応してもらう等、スピード感を持って進めることができた。部門を超えた一体感が生まれていたと思います」

使命感があれば、人は"遠く"に行ける。

もちろん一体感は、簡単に醸成できない。「同志」を増やすことに、当初は苦労もあった。「できないことは論理的に説明ができる。でも、できるかどうか分からない、前例のないことを説明するのは、ものすごく難しい。可能性の世界でしかないから、論理の壁をどうやっても超えられないんです」社内を巻き込むために中城らは、「何のためにやるのか」を説き、心情に働きかけた。「使命感と言ったら大げさかもしれない。でも、その気持ちがなければ、乗り越えられない。"責任感と義務感でやってるうちは偽物だ。使命感でやるのは本物だ"って。これは野球の野村克也氏が言ってた言葉なんですけどね」

このプロジェクトを通じて、いち事業会社として、文化の継承に貢献できる。またデジタルアーカイブを通じて文化に触れる機会を提供することは、こども達の教育の観点においても、現在の多様性や先行き不透明感に対する寛容力や想像力であったり、更にはボーンデジタルとして、情報があふれ失われやすくなっている、「今」創生されている貴重な資産も大切にしようとする文化を醸成される契機を作り出す。つまり、この「デジタルアーカイブ」による事業は、貴重な「過去遺産」だけでなく、将来の「未来遺産」までも継承していこうとする「新たな文化価値」を創造する使命を、自分たちは背負っている。中城らの熱意が、周囲を動かした。「今こうやってお話しさせていただいていますけど、当然私一人でやっている訳じゃない。"Fast alone, Far together."という言葉がありますけど、仲間がいないと遠くには行けない」

中城はこうも続ける。「時代的に今、Fastの方が優先されつつあるように思います。一つひとつの案件を動かすという意味では、Fastも大事。でも、Farとは、どこを指すのかを常に考えなければならない。それは、何のためにやるのか、という使命を突き詰めることだと思う。使命感を共有しあって、togetherができる同志を、増やしていきたいですね」

中城 章史(Akifumi Nakajo)
株式会社NTTデータ 第三システム統括部長
1967年、高知県生まれ。1990年、NTT入社お客様サービス部門。1993年、株式会社テレカ出向(テレホンカードデザイン及び情報システム部門)、1997年、NTT西日本法人営業部門。1999年、NTT東日本法人営業部門。2002年、NTTデータ公共営業部門に異動後現在に至る。
公式サイト:http://www.nttdata.com/jp/
TEXT BY 山田知奈(株式会社パラドックス)
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治