カード業界初を、次々発信。 狙うは、“場外ホームラン”。

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大手カード会社、株式会社クレディセゾンは、2016年、同社が保有する3700万人の会員データを活用した、デジタルマーケティングビジネスを立ち上げた。カード業界初となるプライベートDMP。その構想を描き、ネット事業部、デジタルマーケティング事業部を立ち上げたのが、磯部泰之氏だ。新卒でクレディセゾンに入社したプロパー。インターネットに関して全くの門外漢だった、と話す磯部氏に、新規事業立案に至るまでの話を聞いた。

新規事業は、
自分の意思ではなかった。

「サラリーマンは仕事を選べないじゃないですか」取材開始早々、磯部の口からそんな言葉が飛び出した。新規事業の推進は「自分の意思ではなかった」やりたくなかった、というより、正確にはやりたくても、手がでなかった、というべきか。「私には、ITに関するノウハウも知識も、何もありませんでしたから」磯部が唯一持っていたのは、危機感だった。2000年代後半から、クレジットカード業界自体が様変わりした。金利引き下げや過払い利息返還請求、割賦販売の規制の強化など、貸金業法の施行がクレジット会社の事業モデルを根底から揺るがした。さらに近年、フィンテックの隆盛と共に、異業種の新しいプレイヤーが金融の世界に続々参入しはじめている。クレジットカードのモデルだけでは、いずれ立ち行かなくなる。当時、経営企画部にいた磯部は、上長に進言した。「新しい事業部を作るべきなのではないか。スマホが台頭している今だからこそ、ネット事業部をつくって、本気で取り組んだほうがいいのではないか」それなら、お前がやってみろと、新たなミッションが降りてきたのは、磯部が広告宣伝部門に異動をした後だった。「何をすればいいか、具体的な策は何もなかった。ただ、何かしらアクションを起こすべきだ、と起案をしただけなんですよ」できることなら、そのまま宣伝部での仕事を続けたかったのだと磯部は笑う。それにも関わらず、引き受けたのは「サラリーマンだから」という前述の理由だけではない。磯部が誰よりも危機感を感じていたのには、別の理由があった。

“最後”の代表取締役。
自ら看板を下ろした日。

磯部は複数の会社の共同出資により設立されたカード会社に出向し、その会社の“最後”の代表取締役を務めたことがある。「貸金業法の影響もあいまって、合弁を解消し、解散することになったんです」当時、クレディセゾンからの出向者の他に、プロパーの社員も数名ほど在籍していた。「本体に戻ることのできる社員はいいんですよ。でも、行き場のない社員もいる。その社員の先には、家族もいる」収益をあげることができなければ、企業は消滅し、社員は路頭に迷う。当然といえば当然だが、実感値を持って語れる人間は、そう多くないだろう。「会社の小さな看板を、ネジを回して外して。名残惜しくて、記念写真も撮りましたよ」このときの経験が、磯部の原体験となった。「何千人という従業員のうちの1人という意識でいると、なかなか危機感を感じにくいと思うんです。1人が欠けたところで何の影響もないだろう、会社は回り続けるだろうと」だが、会社の永続はどこにも保証されていない。“最後”の数年、社員を率いていたからこそ、磯部には会社を支える「1人」の重みがよくわかる。「従業員が30人の場合、1人が欠けたら仕事が止まる。無駄な社員は一人もいないんです。3000人の中であっても、同じ意識でいなければいけない」

素人二人で、
路頭に迷う。

ネット事業部を立ち上げて6年目。今でこそ90名ほどの社員を有する組織にまで成長したが、はじめは、「何をすればいいかわからない。八方塞がりだった」磯部自身は、カード会社のプロパー。インターネットの知識は、素人同然だった。もう一人のメンバーも、カードの勧誘や加盟店営業の経験しかない現場営業畑。ネット用語を学ぶために書店をウロウロするところからはじまった。「いざ、部が立ち上がっても新規事業ですから、仕事は何もない。二人で見つめあって、どうする? なんて言っているそばから、あの震災が起きたんです」ネット事業部の立ち上げが、2011年3月1日。未曾有の大震災が日本列島を襲ったのは、その十日後のことだった。何の見通しも立たず、何の兆しも見えない中、唯一の手がかりは、サイバーエージェントとのコネクションだった。サイバーエージェントは、セゾンのポイントモールサイト『永久不滅.com』(現在は「セゾンポイントモール」に名称変更)の運営に関わっており、長年温めてきたパイプがあった。「分からないなら、分かる人に話を聞きに行こうと。まずは、サイバーエージェントさんに行ったんです。僕たち何をやったらいいと思いますか? と」
オープンイノベーションという言葉が、取り沙汰されるようになる前。「僕たちには会員のお客様がいても、コンテンツがないわけです。どうしたって、アライアンスを組む必要があった。おのずと、オープンイノベーションの動きになっていったんです」ネット業界はどういう状況にあるのか。クレジット会社にできることはないか。たくさんの人に会い、話を聞くことで、人づてにネットワークは広がっていった。インターネット業界のイベントに協賛したり、ベンチャーキャピタルに出資したりと、クレディセゾンの名前が、ちらほら表に出るようになっていった。「カード会社のリソースを使うなら、クレディセゾンがいいらしい」ベンチャーの中でも、次第に話題に上るようになっていった。

バントはするな。
思い切り、振りかぶれ。

「最初の3年は、ひたすらバントヒットを狙っていました。右も左もわからないから、金を使うのが怖かった」だが、今は違う。ビックデータ、AIの台頭によって潮目が変わった。磯部は昨年度から、試合運びを大きく変えた。「このペースだと、1点取るのも一苦労。目標達成に何年かかるんだと。もうお前ら、バントしなくていいと。大きく振りかぶれ。早くいっぱい稼げ」と。2016年5月、これまで蓄積してきたファクトデータを集めた『セゾンDMP』を構築。クレジット会社によるプライベートDMPとして、高い注目を集めている。2017年4月には、アドテクの会社、オムニバスの100パーセント株式を取得。ビックデータを活用した付加価値提供型ビジネスのさらなる強化を図る。「僕らが小売のみなさんに、ポイント加算でお手伝いをしても意味がない。来店前、来店中、そして来店後まで、お客様が何を買うか、何をリピートするか、何を返品するか。消費行動を一気通貫で追いかけることで、できることが広がっていく」磯部が見据えるのは、フィンテックとアドテクとリアルテックの掛け算によって開ける新しい世界だ。「もはや新規事業がどうとか、クレジットカード会社がどうという話ではない。小売業界全体のモデルチェンジのタイミングに来ている」世の中をどう変えていくか。その先頭集団を、磯部は走っている。

「嫌われない」ための対話。

最後に、新規事業の成功の秘訣を聞いてみた。「人に嫌われちゃダメですね。やりにくくなる。社長がOKを出したからといって、勝手に突き進んでもだめ」「嫌われない」ために磯部が心がけているのは、自分の都合だけで仕事をしないこと。「困った時にしか相談してこない人って、相手にしたくないでしょ。僕もそう。直接仕事に関係なくても、フラフラ顔を出して、用がなくてもフロアが離れている部署に顔を出して話を聞く。日頃から情報交換を密にしています」その行動は、2年前に始めたセゾンベンチャーズでの取り組みにもつながる。セゾンベンチャーズとは、国内カード業界初のコーポレート・ベンチャーキャピタルだ。磯部は、その取締役も務めている。自分の所属だけでなく、会社全体のトピックスを常に目で追っていないと、シナジーは生まれない。「君のところ、何で困ってるの? と気軽に話ができれば、どこと組んだら面白いことができるか、分かるようになるんですよ」

大企業の中で、新規事業の部隊は、常にマイノリティだ。さらに、志を一つにしたベンチャーと比べ、一枚岩というわけにはいかない。早く結果を出さなければとあせる中、周囲から理解されないこともあり、孤独を感じたこともあると、磯部は振り返る。だからこそ、続けてきたのは対話だった。「危機感」を共有するための対話、「温度感」を伝えるための対話。そのために、磯部は社内外を歩き回り、靴底をすり減らす。「ビジネスって全部人対人でしょ。僕ね、本当のことを言うとデータとかアドテクとか、そんなに好きじゃないんですよ(笑)」

磯部 泰之 (Yasuyuki Isobe)
1992年クレディセゾンに入社。営業企画やDBマーケティング推進業務に従事し、銀行・百貨店・コンビニ等との合弁会社へ出向。その後経営企画部、広告宣伝部門を経て、2011年より現職。データビジネス事業企画、ネットビジネスでの新規事業開発を担当。2017年3月 ネット事業部長(事業部統括)就任。
公式サイト:http://corporate.saisoncard.co.jp/
TEXT BY 山田知奈(株式会社パラドックス)
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治