月間平均残業時間20時間未満、有給休暇20日取得を目指す。 業界に風穴をあけた、SCSKの本気。

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「働きやすい職場、人を活かす会社」として、注目を集めている企業がある。2011年、旧住商情報システムと旧CSKの合併によって生まれたSCSKだ。有給休暇20日取得、月間平均残業時間20時間。「スマートワーク・チャレンジ20(以下スマチャレ)」と称して、2013年から始まった働き方改革は、今確実に成果をあげている。長時間労働が常態化しているIT業界において、なぜ、SCSKは大胆な働き方改革を実現できたのか。プロジェクトを牽引した河辺恵理氏に取材した。

「この労働環境は、ありえない」

改革のきっかけになったのは、中井戸社長(当時)の一言だった。

「この労働環境はありえない。インテリジェンスとはかけ離れている」

当時はまだ、晴海の手狭なオフィス。省エネのために消灯するお昼の休憩時間、多くの社員が自席に突っ伏して寝ていた。着任当時、中井戸社長はその光景を見て、強い危機感を抱いたという。

「お客様あっての仕事ですから、決まった時間にはなかなか仕事が終わらない。残業は常態化しており、そこにメスを入れるという発想自体なかった。中井戸の一言から、まさにすべてがはじまったのです」

前述の有給休暇20日取得、月間平均残業時間20時間を掲げる、スマチャレがスタートしたのは、2013年。当時は、誰もがその目標を達成できると思っていなかったという。

「役員以下、残業を厭わない働き方で成果を出して今のポジションを築き上げてきた人ばかり。誰も実現できると思っていないし、こんなことをやったらサービスが低下してお客様にもそっぽを向かれてしまう。結果的に、売上も利益も減ると思っていました」

河辺自身、半信半疑だったと振り返る。

「先行して、2012年から一部の部署を対象に、残業半減運動が行われたのですが、その時私はまだ、現場の部長職。自分の部署は対象外だったので、ああよかった、と思っていたくらい(笑)。有給休暇20日取得、月間平均残業時間20時間は、まず無理だろうという現場の気持ちは、非常によく分かりました」

1000人単位の
連帯責任。

実現できると信じているのは、トップただ一人。そんな状況を一変し、社員の本気に火をつけたのは、インセンティブ制度だった。残業時間が減れば、当然残業代が減る。ところが、スマチャレでは、浮いた残業代全額を原資にして、社員へボーナスとして還元する、というインセンティブ制度を設けたのだ。

「この施策のもっとも重要なポイントは、部門長の責任として行う、というところでしょう」

部署単位ではなく部門単位、数十人単位ではなく1000人単位で一つの目標を追いかける。評価される実績は、部門全員の平均値。いち部署、いち社員が仮に足を引っ張れば、その部門全員へ影響を与えることになる。

「真っ先にお尻に火がついたのは、現場の課長クラスでした。仕事がもっとも集中しているトップクラスのSEの机に張り付いて、作業の棚卸しを始めた。実は、課長が部下に対して、そんなマネジメントを行うこと自体、これまではあまり見られなかった」

河辺の言葉を借りれば、それまでは「野放し」の現場が多かったかもしれない。仕事の管理は個々に委ねられ、特定の技術者や営業マンに集中した仕事を他のメンバーに振り分ける、ということも組織的に行われてはいなかった。

「私が現場を指揮していた時も、部下の仕事の細かい棚卸しは、ほとんどできていなかった。任せる、というと聞こえはいいですが、言ってしまえば放置です。スマチャレが始まったことで、放置の状態がなくなった。自然と職場のコミュニケーションが活発になっていったのです」

「じゃあ来週から
御社は来なくていいよ」

月間平均残業時間20時間よりも、現場にとってハードルが高かったのは、有給休暇を20日取得する、という目標だった。トップクラスのSEになると、夏休みは多くて3日程度。それが、夏休み、秋休み、冬休みを1週間ずつ取っても、さらに残り5日の計20日休みを取るとなれば、これまでのやり方のままだとどうしても無理が生じる。

「一人抱えの仕事はすべて辞めさせないとまずい、となって、ワークシェアが一気に進みました。誰かが休んでもお客様に迷惑をかけない仕組みを、現場の一人ひとりが本気で考えて、主体的に実行するようになったんです」

もちろん、すべてが順風満帆に進んだわけではない。SCSKでは、SEである5900人の社員うちのおよそ2000人が、お客様先に常駐して働いている。同業他社数社と共同で仕事をしている常駐先で、SCSK一社だけ残業ができないとなれば、足並みを乱すことになる。

「スマチャレの開始間もない頃は、なかなか取り組みにご理解をいただけず、『じゃあ来週からは、御社はこなくていいよ』と言われたケースもありました」

厳しいご意見をいただくことは、百も承知だった。だが、どこか一社が風穴を開けなければ、業界の体質は永遠に変わらない。

「実は、スマチャレが始動する際に、中井戸はお客様に手紙を書いているんです。ご理解、ご協力を是非お願いしますと。その手紙を本部長や役員が携えて、お客様の役員層にご説明に回った。こうしてトップからトップへと、話は伝わっていきました」

長年続いてきた慣習、業界の体質は、すぐには変わらない。だが少しずつ、スマチャレの取り組みは現場にも浸透し、お客様のご理解を得られるようになっていった。

7年越し、
悲願の働き方改革。

「こんなこと言うと、怒られちゃいますけど。実を言うと、私自身は、現役時代に長時間労働を苦に思ったことは一度もないんですよ」

人事に異動するまで、河辺は開発畑一筋だった。男女雇用機会均等法が施行された初年度に、総合職として入社。以来、技術者として、お客様に信頼されたい、お役に立ちたいという思いだけで、がむしゃらに突っ走ってきた。管理職になってからは、忙しさにさらに拍車がかかった。繁忙期は、午前様は当たり前。残業が辛いと思ったことすらなかったという。

だが、河辺には心残りにしていたことが一つあった。

「2006年、旧住商情報システムで女性活躍プロジェクトに携わっていたとき、最後の最後まで解決できない課題として残っていたのが、長時間労働の問題だったんです」

産休や育休が取得しやすく、出産後も復帰しやすいようにと、女性社員の意見をもとに改めて制度を見直した。くるみんマークの取得も進めた。だが、意見交換会で河辺らの耳に届いたのは、「これではだめです」という厳しい意見だった。多くの女性社員が、長時間労働の改善を求めていた。労働時間が長くなれば、家庭との両立は難しくなる。一方で、多くの社員が、残業を是とする働き方で成果を出してきた、というジレンマがあった。さらに、当時は夜間の打ち合わせが多かったため、定時で帰れば、重要な意思決定の場に参加できなくなってしまう。果たして、労働時間を短縮したところでお客様に同じサービスができるか。同じ成果が出せるか。その問いに、明確な答えを出せるものは、一人もいなかった。

「残業を当たり前にしていたら、会社はどんどん疲弊する。女性だけでなく男性にとっても、現状の働き方を改善する必要があるのだと、その時は提言をしました」

2006年の提言から7年。開発から、畑違いの人事になり、悲願の働き方改革に自ら関わることになろうとは、河辺自身、予想だにしていなかった。

経営陣の温度感を、
いかに現場に伝えるか。

「人事に異動して驚いたのは、キャリア支援や人材育成など、素晴らしい制度がたくさんあること。知れば知るほど、こんなに良い取り組みをしているのに、現場で部長職にいた時はなぜ知らなかったんだろうと思うことがたくさんありました」

同じ会社であっても、部門が違うとこんなにも情報に格差がある。情報発信の大切さを、この時河辺は強く感じたという。人事には、現場の想いが伝わりにくい。現場には、人事の狙いが伝わりにくい。ならば、そのどちらの立場もわかる人間として、間を取り持つのが自分の役割だと、河辺は考えるようになる。

「経営判断を現場に下ろすのも人事の重要な仕事。トップの言葉や温度感をそのまま現場に伝えなければ、意味がない。スマチャレにおいて、私が果たすべき役割はそこにあると感じたんです」

SCSKが取り組んだ情報発信の一つに、議事録の公開がある。中井戸会長(当時)以下、全執行役員が参加する週次の会議において、河辺は部門ごとに、スマチャレの達成度を報告。その発言内容を、一言一句、社員が見るポータルサイトに毎週掲載した。

「部下のタイムマネジメントは基本中の基本。それができない役員にビジネスマネジメントなどできるわけがない」

目標達成に届かない部門を率いる役員には、中井戸会長から容赦のない叱咤激励が飛ぶ。歯に衣着せぬトップの発言は、活字となって、そのまま現場に伝わった。

「うちのボスが怒られちゃうから、部下たちもなんとかして、今月の目標を達成しようとなるわけです。情報を隠さず、あえて開示したことで、トップの温度感、経営陣の本気度が、ダイレクトに伝わっていきました」

働き方改革の
リーディングカンパニーへ。

スマチャレの実施から半年。目に見える数字の変化だけでなく、社員の表情にも変化が生まれた。

「2013年の秋頃になってからでしょうか。皆さんの顔色が変わって来たんですよ。きちんとお休みをとっているせいか、顔つきが明るくなった」

その変化に最も驚いたのは、旗振り役の河辺ら、人事だった。

「無理無理と言っていた課長が、今は相当忙しいプロジェクト以外は、みんな帰らせていますよ、と当たり前のように言うようになった。入社以来、初めて9連休をとりました、家族が喜びました、なんて嬉しい声も届くようになりました。」

結果的に、2008年の時点では月間平均残業時間が35.3時間だったのに対し、2013年度は22時間に。さらにその翌年には、18.2時間と、ついに目標の20時間をクリアすることができた。有給休暇取得も、2008年の時点では13.0日だったのが、2013年度は、18.7日。翌年には19.2日と、目標の20日に肉薄した。懸念されていた売上へのインパクトもなく、むしろ業績は好調だ。

直近の2016年度は、月間平均残業時間17.8時間、有給休暇取得18.7日と、記録を更新し続けている。

その効果が、人づてに広がり、メディアからの取材依頼が増えた。働き方改革に興味関心のある企業から、ラブコールが届くようになった。

「SCSKさんに是非話を聞かせてほしいと、お声をかけていただくケースが本当に増えました。本来は人事の仕事の範囲外だけれど、こうして自分たちが発信することで、現場もさらに仕事がしやすくなる。他社の働き方改革の一助になることもできる。そう思って、社外への発信は続けています」

SCSKの取り組みは、確実に世の中のムーブメントを牽引している。

不可能を可能にした
揺るぎない大義。

なぜ、短期間でここまでの成果を出すことができたのか。最後に河辺に聞いてみた。

「中井戸の本を執筆してくださった明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授の野田稔先生が、こんなことを言ってくれたんですよ。『中井戸さんの試みには大義がある。それは誰から見ても揺るぎないものである。だから、強さがあるんだ』と」

大切な社員の健康を守る。プライベートや家庭を守る。残業が常態化しているままでは、IT企業としてのさらなる成長はない。働き方を改める、スマチャレの試みには、その言葉の通り、大義しかなかった。

「一時的に業績が落ちるのは覚悟する」と言い切るほどの経営トップの強烈なイニシアチブがなければ、こうはうまく行っていないと、河辺は振り返る。

「一切揺らぐことのないトップの強い覚悟が、まず初めにあったこと。その覚悟に社員全員が共感し、同じ目標を共有できたこと。だからこそ、我が社にとって、本当に大きなイノベーションが実現できたのだと思います」

河辺 恵理(Eri Kawanabe)
執行役員 流通システム事業部門 事業推進グループ長
1986年、住商コンピューターサービス株式会社(現SCSK株式会社)入社。 流通業界、金融業界を中心とした大企業向けのシステム開発、営業、プロジェクトマネージャー、海外パッケージソフトの日本導入などを担当。ライン職を歴任。2013年4月より人事グループ 人材開発部長。2014年4月より同社初の女性執行役員として人事グループ 副グループ長就任。2016年4月より流通システム事業部門 事業推進グループ長就任、現職。
公式サイト:https://www.scsk.jp/
TEXT BY 山田知奈
PHOTOGRAPHY BY 佐藤登志雄