人より先にやるか。常識の逆をいくか。

ソニースタイルドットコム(株)代表取締役社長、ソニーマーケティング(株)執行役員兼、ソニースタイルカンパニープレジデント、ソニースタイル・ジャパン(株)代表取締役社長、ソニー(株)クリエイティブセンター長。ソニーにおけるネットビジネスのキーパーソンの一人としてキャリアを築いてきた佐藤一雅氏。インターネット販売が主流になる以前より、リアルとネットを掛け合わせたマーケティング戦略で『VAIO』の売上を伸ばしてきた実績がある。退職後の今もなお、『VAIO』の販売に関わる佐藤氏に、ソニーのDNAを語ってもらった。

入社1年目で描いた夢。
「ソニーに匹敵するブランドをつくる」

—マーケティングにはいつから?

今でも覚えているのですが、入社したその年の自己申告書に、将来の夢を書く欄があったんです。そこに書いたのは「ソニーに匹敵するブランドをつくる」という夢。申告の甲斐あって、入社3年目にマーケティング課に配属。以来、様々な製品のマーケティングに携わってきました。
ソニーという会社は、テクノロジーの会社だと思われる方が多いでしょうが、マーケティングの重要性をかなり初期の段階から認識していた会社なんですよ。ある時、社内のセミナーで、盛田さんが語ってくれたんです。イノベーションには、3つのクリエイティビティが重要だと。一つは、テクノロジーの創造性。もう一つは商品企画の創造性。そして最後に、マーケティングの創造性。ちなみに、井深さんもマーケティングの重要性を、早くから唱えていました。良いものを作れば必ず売れるというわけではないと。テープレレコーダーを作った時に、すぐには売れなかった、という実体験があったんですね。彼らがすごいのは、「営業」ではなく、「マーケティング」と明言していたこと。百貨店のバイヤーさんから聞いたんですが、トランジスタラジオを売っている時、売り場にちょくちょく来ている人がいて、後から聞いたら井深さんと盛田さんだったと。彼らはその時、トランジスタラジオを百貨店の電気売り場ではなく、舶来品売り場に置いてくれ、と交渉していたらしいんです。そんなエピソードも残っているくらいですから、ソニーという会社がいかにマーケティングを大事にしてきたかがお分かりになると思います。

—マーケッターとしての原体験は何ですか?

私の原体験になっているのは、『Whoopee(ウッピー)』という製品。今となっては、ご存知ない方がほとんどでしょう。『ウォークマン』が何百万台と売れて市場が飽和していたときに投入した商品です。時計をいくつも買うように、『ウォークマン』も一台だけでなく、持ち替えてもいいんじゃないか、というところから商品企画がスタートしました。技術的には新しさは何もない。唯一新しかったのは、その見た目。女子高生にターゲットを絞り込み、「かわいい! 」と手に取ってもらえるように、スケルトンの素材にしたんです。当時は、ソニープラザに毎日出没しては、女子高生を追いかけ回していた(笑)。そういうと語弊がありますが、彼女たちが何に興味を持っていて、どんなものに手を伸ばすのか、検証をしていたのです。現場で得たヒントを元に、ブリスターパックというディスプレイできるパッケージで吊るして販売したら、初日で完売。宣伝も何もしていなかったのに、ですよ。新しいモノを作るのに、新しい技術である必要はない。ターゲットが何を欲しがっているか、正確に把握しさえすればいい。この時の体験が私の糧になっています。

プレスリリース当日、
報道陣の前で啖呵を切った。

—2000年、ECサイト『ソニースタイル』を
開設されましたね。

ソニースタイルドットコムジャパンの設立が、2000年1月。その一ヵ月後にECサイト『ソニースタイル』を開設しています。実は発表の前日に日経新聞にすっぱ抜かれたんです。ソニーが直販を始めると。開設の当日がプレスリリースだったんですが、ソニーの株価は全く上がらず、ヤマダ電機の株価が下がった。直販を始めれば、ソニーは安く売るはずだから、家電量販店の売上は鈍るだろうというのが市場のヨミだったんですよ。忘れもしないプレスリリースの当日、報道陣の前で啖呵を切りました。「ソニーは、決して安売りはしません。もし安売りをするようになったら、僕は来年この場にはいません。1年後、皆さんに会うときに、答えは出ていると思います」当時はまだ、ECサイトという概念が一般的ではなかった。ブロードバンドも、まだ来ていなかった。インターネットでモノを買うメリットと言ったら、価格が安くなる、という程度の認識だったんです。私はその常識を変えたかった。ほんの20年前は、わざわざお金をだしてペットボトルの水を買う時代が来るなんて誰も予想していなかったでしょう。水はタダだという常識が、覆ったわけです。私は、インターネットにおける”ペットボトルの水”をつくろうと思っていたんです。

—『ソニースタイル』というネーミングにも、
ソニーの決意を感じます。

『ソニースタイル』というサイトがやりたかったこと。それは、新しいスタイルを作ることだったんです。まず、商品のスタイルを変える。新しいモデルが出れば、古いモデルの価値が下がって当然、という常識を変える。価値が上がる製品、つまり、アップグレードできる製品を作ろうと。もうひとつは、オペレーションのスタイルを変える。大量生産、大量展示、大量販売。そうなれば、一台あたりの単価はどんどん下がっていく。そこに逆行する売り方を提案したかったんです。
例えば、『ソニースタイル』で買えばオリジナルのケースが付いてくる、という売り方をしたとき。他では買えないそのケースが評判になって、オークションサイトで高値がついていたこともありました。当時、あるユーザーの方からいただいた声が、いまだに忘れられません。「僕は毎日、ソニースタイルのサイトを見ていました。毎日、毎日、何か起こるんじゃないかと思って見ていました」ソニーが何か新しいことをやろうとしている。そんな期待を感じていただくことは、できていたのだと思います。

—インターネット販売を始めたことで
どんな変化がありましたか?

一つ、面白いエピソードがあります。オレンジ、グリーン、ブルー、ピンク、レッド、イエローとテレビのカラーバリエーションができたものの、店頭販売で取り扱いがあったのは、定番色のグレー、白、黒がほとんど。当初、私たちも定番色の注文がほとんどだろうと考えた。ところがフタを開けたら、特に偏ることなく、どの色も同程度のオーダーが入ったんです。これが、インビジブルな事実。マーケッターとしては、疑問が湧くわけです。なぜ、ピンクが売れるのか。インターネット販売だと、購入者がわかる。今度は購入者に懸賞を出して、テレビを使っているシーンの写真コンテストを開催したんですね。カラフルなテレビがどんなシーンで使われているか、調査をしたかったんです。そうしたら、ピンクのテレビは、ピンクの部屋に、グリーンのテレビは、イタリアンカラーの部屋にある。彼らは安いテレビではなく、自分の部屋に合うテレビを求めていたんです。この事実には、店頭販売では気づくことができなかったでしょう。限られた選択肢の中から妥協して選ぶのではなく、ユーザーが本当に欲しいものを提供できるのが、インターネット販売だと。このときの発見から、『VAIO』のCTO(注文仕様生産方式)というコンセプトが生まれています。

誰もが負けると思った『VAIO』。
絶対に勝てるコンセプトが欲しかった。

—『VAIO』の立ち上げにも、
マーケッターとして携わっていますよね。

入社時に書いた「ソニーに匹敵するブランドをつくる」という夢を叶えてくれたのが、私にとって『VAIO』でした。パソコンにおいて、ソニーは後発も後発。誰も、ソニーが勝てるなんて思ってなかった。だから、ライバルメーカーさんも、話を聞きに行けば、気前よく教えてくれるんですよ。たとえば、とある会社が、2.7ヵ月分の在庫を1.7ヵ月分に圧縮する、という情報が入ったとする。そこから他社は新製品の発表から処分が終わるまで、2ヵ月近くかかることが想定できる。私たちは在庫を持っていないわけですから、新製品を発表した当日からすぐに、スペックが圧倒的に良く、新しい機能がついた新製品を売り出せるんですね。さらに、価格も発売当日まで競合に分からないようにオープンプライスにしました。後発だったからこそ、今までにない生産、在庫、供給の仕組みをつくりやすかったのだと思います。

—マーケッターとして
注力した点はどこですか?

コンセプトですね。実を言うと、ギリギリまで練っていました。マーケッターとして、カタログには、絶対に勝てるコンセプトが欲しかった。ところが、そのコンセプトがどうもまとまらない。まとまらないうちに、カタログを作るのは言語同断だと言いまして。カタログの印刷が間に合わなかったらどうするんだ、と随分怒られました。けれども、コンセプトのない製品は、遅かれ早かれ息絶える。粘って粘って、最後に決まったのが「ソニーの真ん中に新発売」というフレーズ。これは社内から猛反発にあいました。ソニーの真ん中はテレビだ、ウォークマンだ、と。ただ、『VAIO』の構想時にベースにあった思想が、「PCとAVをつなぐ。ネットワークへとつなぐ。人と人とをつなぐ。」というもの。つまり、『VAIO』は「つなぐ」ものとして、真ん中にあるべきだ、という考えだったんです。『VAIO』成功の要因は、たくさんありますが、最も大きい要因は、やはり安藤という当時のトップが、徹底してやらせてくれたからでしょう。ソニーという会社は、小さくまとまっていると怒られちゃう。人より先にやるか。常識の逆をいくか。この二つしかないんです。勇気のある人が勝つのか、勝つ人が勇気があったのか。どちらが正解かは分かりませんが、勇気を出して大きく仕掛ける。その成功例の一つが、『VAIO』だったんだと思います。

—2014年、『VAIO』は株式会社になりました。

ソニーから独立した後は、法人市場向けの販売を強化していましたよね。ただ、もともとはコンシューマー向けとして、何百万人というシェアがあったわけです。コンシューマーの半分を占めるくらいの圧倒的なシェアが。つまり、それだけ売った側、製品を生み出したメーカー側には、責任がある。『VAIO』独立後、コンシューマー向けの販売が一時終了したことで、たくさんの声をいただきました。何世代も『VAIO』を使って来たからこそ、なくなると困るという声。気に入っていた製品の後続機がないから仕方なく中古で買った、という声。マーケッターとしては、非常に忍びなかった。心苦しかった。ブランドを一度生み出すと、作った責任がずっとついて回る。『VAIO』の一件で、そう強く思うようになりました。そこで私自身、ソニーから独立した後に設立したのがアドベントです。バイオが欲しいという人への橋渡しがしたい。『VAIO』の世界随一の販社をめざす。それくらいの覚悟をもって経営にあたっています。

—まさにソニー、そして『VAIO』と
歩んできた人生ですね。

ソニーのいいところを3つ教えてくださいと、その昔、人事に質問をしたら、こんな答えが返って来ました。ソニーは会議中、居眠りをしていてもいい。その答えの意味は、居眠りをしていようと、あぐらをかいていようと、一番いい考えを持っている人が一番偉い、という価値観があるから。だから、新人でもいい考えを持っていれば、生意気を言っていい。やらせないより、やらせて責任を取らせる会社なんですね。先輩方と飲み屋に行っても、面白いくらい失敗話しかしない。富士山より高く在庫を積み上げたとか、どうしようもないから東京湾に沈めたとか(笑)。最初からリスクヘッジをしないんですよ。それは、人を育てることにつながるわけです。任せるから自ずと、コミットが強くなる。周りが寛容さと、厳しさのどちらも持ち合わせていないとできないことだと思います。けれどもこのカルチャーが、間違いなくソニーには、あるんです。このカルチャーに私自身が育てられたという自負があります。おそらくパナソニックに入社していても、シャープに入社していても、同じ発想はできなかったでしょう。ソニーのDNAというものが流れている限り。ソニーから離れた今でも自分の中に脈々と、ソニーのDNAは流れていると感じますね。

佐藤 一雅(Kazumasa Sato)
アドベント株式会社 代表取締役

1980年ソニー株式会社入社、コンピューター部配属。1993年コンスーマー営業本部企画室。2000年、ソニースタイルドットコムジャパン代表取締役社長、2002年、ソニーマーケティング(株)執行役員兼、ソニースタイルカンパニープレジデント、2005年、ソニースタイル・ジャパン(株)代表取締役社長に就任。2007年、ソニー(株)クリエイティブセンター長を経て、2010年に退職。2012年より株式会社BJIT代表取締役社長に就任、2015年より現職を兼務。
公式サイト:http://www.bjit.co.jp
TEXT BY 山田知奈
PHOTOGRAPHY BY 佐藤登志雄