世界を変える技術をどこまでも追い求める。

今でこそ当たり前になった、電子マネー。この十数年で『Suica』をはじめとした交通系ICカードや、『おサイフケータイ』など、日常的に使われるようになった技術が、ソニー発だということをご存知だろうか。「電子マネーなど、広まるわけがない」そんな大半の予想を覆し、電子マネーの普及を陰で支えていた人物。宮沢和正氏に話を聞いた。

“パソコンが無料”の時代。
危機感しかなかった。

—電子マネーをつくるという思想は、当初からあったのでしょうか?

電子マネーをつくる以前に、90年代後半、非接触型ICカードをソニーは開発していました。半導体の開発で培った技術を活かして、ラジオの技術や、無線通信の技術、音楽配信のための暗号化技術など、3つを組み合わせて、安全に通信できるICカードを作ろうと。それを聞いた時に、この技術がひょっとしたら世界を変えていくんじゃないか、と直感が働いて、プロジェクトに志願しました。その頃は、ICカードをただモノとして売ればいいという意見が大半だった。ICカードを使って、システムインテグレーションをすればいい、という声もあった。けれども、これからは、ハードとかシステムインテグレーションだけじゃだめだ。ソニーとして何か新しいことを始めないと立ち行かなくなる。そういう危機感があったのです。

—危機感を抱くようになったきっかけは?

私自身は、90年代後半、アメリカのPCの商品戦略を担当していたのです。非常に安価なPCがたくさん出ていて、ソニーもその波に飲まれて大赤字でした。ある時、アメリカオンラインというインターネット通信会社から、10万台のPCを一括で受注したいという話を持ちかけられまして。一挙に赤字が解消できるかと思ったんですが、ソニーブランドではなく、OEMで作りたいと。さらに、彼らはそのPCを無料でユーザーに配りたいというんですよ。どうやって儲けるかというと、インターネット接続料で儲けるという。これは大変な時代になったと思いましたね。これからはハードウェアだけじゃ生きていけない。ハードはソフトと組み合わせないといけない。けれど、当時のソニーにはそういうビジネスモデルがなかったのです。そんな時、非接触型ICカードのプロジェクトを知って、「これだ!」と思いました。

—なぜ、「これだ!」と確信したのでしょうか。

1本のプロモーションビデオがあったんですよ。ソニー銀行を作る前に、ソニー銀行準備室のメンバーが、将来こうなるだろうというイメージを描いたもの。当時のソニー副社長の伊庭さんから「見に行ってみろ」と言われて、実際に見てみたら、その内容が、当時の私からすると、もう大ショック。携帯電話の中にお金が入っていて、タクシーでタッチすると料金が払えるとか。今でこそ当たり前になりましたが、当時は全く理解できない夢物語。けれども、非接触型ICカードの技術があれば、実現できなくもないと思ったんです。「このビデオのような未来が、絶対にやってくる。絶対に実現させましょう」と、ICカードのプロジェクトの準備室に行って、開発部長に直接訴えかけたくらい。
世の中を変えるサービスに携わることが、小さい頃からの夢だったんですよ。そもそも、僕が好きなソニー製品は、世の中を変えてきた製品ばかり。雑誌社を創業した父が、ソニー製のテープレコーダーを使っていたんですが、初めて見た時に、これは世の中を変える商品だと子供心に思った。この製品をつくった会社に入りたいと思って、ソニーに入社したくらいなので。世の中を変える技術への憧憬が、人一倍強かったんです。

人が育つなら、50億は安い。

—当初、どんな構想を描いていたのですか?

最初は香港に、その後、国内の鉄道会社ICカードを売り込みに行きまして。結果的に採用していただけたんですが、それだけだと、ただの部品やさんになってしまう。私たちはカードを作って納入するだけではなくて、自分たちでサービスの仕組みを作りたかったんです。それが、非接触型ICカードを使った電子マネーのサービス『Edy(現在の楽天Edy)』の構想。売っておしまいじゃなくて、そのカードを利用していただくことで手数料が入るようなサービスをつくりたかった。そうなると、ソニー一社でやってもだめ。ライバルが別の規格を作ったらおしまいですから。電子マネーを世の中に広めるには、オールジャパンでやろうと、NTTドコモさんやトヨタさんにも声をかけました。こうして最初は11社のジョイントベンチャーとしてスタートしたんです。

—それが、ビットワレット株式会社ですね。

そうです。立ち上げに至るまで、上層部に何度もプレゼンをして、その度に「そんなもの儲かるわけがない」と突き返されました。電子マネーは少額ですし、手数料も低い。本当に普及するかどうかも分からない。ずいぶん突っ込まれて、やり直して。5~6回目のプレゼン後、最後の最後に伊庭さんが言ってくれたんです。「事業として儲かるかは、分からん。でも、熱意はよく伝わった」と。こうも言われましたね。「電子マネーの成功を目指す人たちはみんな苦労するぞ。でも、それを乗り越えられたら確実に人が育つ。人が育つなら50億出すよ」と。未だに、一言一句、脳裏に焼き付いてます。こうして、2001年、資本金50億円で新会社を設立したのです。

—何から着手したのでしょうか?

実は、ビットワレットの設立前、99年にある銀行が電子マネーの実証実験を行った時は、利用できる場所もチャージできる場所も限られていたため、惨憺たる結果だったんですよ。使える場所が点在していると現金と比べてメリットがない。そこで、まずは使える場所を分かりやすくしようと入退室のカードに『Edy』を入れて、ゲートシティ大崎ビル内で、どこでも電子マネーを使えるようにしたんです。そうしたら、他の電子マネーが1年かかった取扱件数を、1ヶ月で突破しまして。これはすごいと、実証実験は大成功を収めました。

—一般に広く普及するまでの道のりは?

これは、かなり悶々としましたね。初期の頃に、一緒にやろうと言ってくれたのが、am/pmの社長。am/pm全店で展開を始めたんですが、一回使っていただくと、その良さがわかって、利用者はずっと使い続けていただけるのがわかったんです。赤ちゃんを抱いている人でも、片手で支払いができたり、目の不自由な方やシニアの方にも、これはいいね! と喜ばれまして。少しずつ認知が広がっていきました。けれども、コンビニエンスストアから一歩外に出れば、全く知名度がない。何かいい策はないか、『Edy』を使うとお得になるサービスはないか。そこで全日空さんに相談して、マイルを『Edy』に交換できるようにしたんです。これが非常にうまくいって、ビジネスマンにも使ってもらえるようになっていきました。

16年間、毎日毎日、
悩み抜いた。

—一気に広まった、というよりも地道な努力の積み重ねなんですね。

毎日毎日、次の新しい策を考えましたよ。それが16年続きました(笑)。『おサイフケータイ』も、ドコモさんが本気になってバンバンCMを打ってくれて。熊本の商店街で使えます、というCMをやったら、今度はいろんな商店街が、うちでもやりたいと手を上げてくれて。全日空さんも、支店長会議で「自分のエリアの商店街をEdy化しなさい」というお達しを出してくれたんですよ。やっぱり使える場所が増えないことには広まらない。関係各社の協力が、次の成長要因になりました。そこまでは良かったんですよ、そこまでは。認知度は確実に上がってきている。けれども事業としては赤字。収益を上げるまでには、なかなか至らない。設立以来ずっと赤字続きで、9年近く来てしまっていましたから。何度も何度も株主に頭を下げて、資金調達をしました。この頃が一番苦しかったですね。

—苦しい時期を、どのように乗り越えたのでしょう?

悩みに悩んで、人員を削減して、役員も全員降格して。それでもまだ黒字にはなりませんでした。一番辛かったのはリストラですね。半分くらい人員を減らさなきゃいけないというときは、本当に辛かった。唯一、救いになっているのは、卒業していった人が、みんな活躍しているということ。いろんな業界で、頑張っている方ばかりなんですよ。そういう意味では、「人が育つならいいよ」という伊庭さんの思いには、応えられたんじゃないかと思います。
当時、ライバルも出てきて、セブンイレブンさんの『nanaco』とか、イオンさんの『WAON』とか、自分たちのお店で使える電子マネーのサービスも始まっていたんです。我々は自分たちのお店は持っていないわけですから、どうしても他力本願になる。基本匿名のサービスなので、会員も持っていない。そのため裾野は広がったものの、それ以上のアプローチができていませんでしたた。そこで強力なポイントプログラムがあり、リアルではなくネットの流通をしている企業と組もうと、いろんなディスカッションを経た上で、2009年に楽天傘下に入ったのです。

—楽天との資本提携は、大きな決断でしたね。

そうですね。全く違う文化の会社同士ですから。このタイミングで離れていった仲間も、もちろんいました。けれども、選択としては決して間違ってはいなかった。2011年には10年越しで黒字化を果たしまして、以降は安定した収益を上げています。私自身は社名が、楽天Edy株式会社へ変わるのを見届けてから、2017年には現場を離れています。

—ちなみに、現在はどのようなことに挑戦されているのでしょうか?

『楽天Edy』がある程度世の中に普及して、後進の人材も育っていったので、平たく言ってしまえば、やることがなくなってしまった。そう思っていた時に、ある出会いがありまして。その相手が、仮想通貨の基盤技術、ブロックチェーンの専門家だったんですが、聞けば聞くほど、ブロックチェーンは面白い。これは世の中を変える技術だ!と、かつてICカードと出会った時と同じインスピレーションを受けて、2017年からブロックチェーンの技術系スタートアップ、株式会社ソラミツにジョインしています。まだできて間もない会社ですが、開発したブロックチェーン『いろは(Iroha)』が、Linux Foundationのオープン・ソース『Hyperledgerプロジェクト』のインキュベーションに世界で3番目に受諾されるなど、世界から注目を集める会社。現在は、カンボジア国立銀行と共同開発し、カンボジアの新しい決済インフラの開発に着手しています。

—電子マネーから、仮想通貨へ。時代の変化とともに、取り組みテーマが変わっていますね。

人間どうしても、レガシーにしがみついてしまう。テレビもブラウン管から液晶に移る時、「早く液晶に切り替えるべきだ」と言ったら総スカン。振り返れば、ベータマックスとVHSとか、メモリースティックとSDカードとか、フォーマット競争の時、いつも「早く切り替えたほうがいい」と言っては、総スカンになっていました。会社員人生は、だいぶ損をしていると思います(笑)。電子マネーの時も直属の上司を飛び越して、副社長に話を通しに行ったりしたものだから、「言われたことをやってないから、お前はボーナスゼロだ」とお叱りを受けましたしね。けれども私の志は、立身出世をすることじゃない。世界を変える製品やサービスを世に送り出すこと。それが、昔も今も変わらない、私の生きがいであり、喜びですね。

宮沢 和正(Kazumasa Miyazawa)
ソラミツ株式会社 取締役 COO 最高執行責任者

1980年ソニー入社。2001年ビットワレット(株)常務執行役員・企画部統括部長を経て、楽天Edy株式会社 執行役員、最高戦略責任者を務めた。2017年より現職。東京工業大学 経営システム工学 非常勤講師、ISO/TC307 ブロックチェーン国際標準化 日本代表委員。
公式サイト:https://soramitsu.co.jp/
TEXT BY 山田知奈
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治