すべての制約を解き放て。

1981年の入社以来、40年近くソニーの技術革新を見届けてきた人物がいる。ビデオカメラ、CDプレーヤー、ノートパソコン。その時代の先端をいく製品の研究開発に、長年携わってきたのが島田氏だ。コンスーマーエレクトロニクスを取り巻く状況は、今後どう変化するのか。人々の暮らし、日々の生活は、今後どう変化するのか。そう遠くない未来について島田氏に話を聞いた。

次に何が起こるか。
答えは、過去が知っている。

―この数十年間の技術革新を、どのように見ていますか?

コンスーマーエレクトロニクスの市場がどう生まれたか、つまり産業的に見れば、イノベーションがどう起きたか。そのカラクリからお話させていただきますね。この数十年を振り返ると、技術をベースにイノベーションが起きています。というのも、ムーアの法則の通り、情報技術がものすごいスピードで進化したから。もうあと十数年、この状態が続くと私は見ています。消費者にとって、一番分かりやすいのが、暮らしの中にある、コンスーマーエレクトロニクスの事例。だから、コンスーマーエレクトロニクスを例にあげて、これまでの流れを読み解けば、次に何が起こるか、自ずとこの先の流れも見えてくると思います。

―これまでの流れについて、解説していただけますか?

たとえば、目で見て楽しむコンテンツは、ルネサンス時代や江戸時代においては「劇場型」。演ずる人がいて、場所があった上で、上演時刻にお客さんが集まることで成り立っていました。それが映画館の出現によって、場所の制約からの解放があったわけです。つまり、ニューヨークじゃなくても、東京じゃなくても、地方都市でも映画を見ることができるようになった。さらに、映画館の時代から、今度はテレビの時代に移ります。野球場に行かなくても野球が見れる。ライブに行かなくてもライブが見れる。現地に行かなくても、見たいものが見れる。これは場所の制約のさらなる解放でした。テレビという大きな市場をつくったのが、今から60年ほど前のこと。さらに、1975年にはベータマックスが、1976年にはVHSが登場します。ビデオが生まれたことで、放送時刻に家にいなくてもコンテンツを楽しめるようになった。つまり、時刻の制約からも解放されたわけです。いまはご承知の通り、色々なコンテンツがオンデマンドで配信されるようになりました。放送番組を録画する手間、あるいはビデオをレンタルまたは購入する手間からも解放された。このように四半世紀に一度くらい、新しい制約解放があり、新たな文化が生まれ、新たな産業がうまれているのです。

―良いことづくめのようですが、その一方で失われたものとは?

例えば、映画館で想いを寄せる人の手を握ることとかね(笑)。リアルの世界での体験が、移植できていない部分は多々あります。今はまさに、そこが次世代のコンスーマーエレクトロニクスにおけるテーマになっている。生の体験をサポートするための技術が開発されていますね。VRがそのいい例でしょう。

SNSのはしりは、
江戸時代の井戸端会議。

―場所や時刻の制約以外に、どのような制約があるでしょう?

時刻(提供日時)の制約、場所の制約以外に、空間、時間(所要時間)。他にも規則や慣習の制約などによる社会的な制約、準備や手間の制約などによる、精神的な制約。嗜好による内容的な制約もありますし、あとは経済的な制約ですね。いくらかかるか、というのは非常の大きなファクター。例えば、5文字くらいつぶやいた時にいくら負担するか。数文字の通信に、いくらなら払えるか。無線通信を開発した120年前は、ほんの数文字の電信に今の貨幣価値で億単位のお金がかかったのではないでしょうか。最初は軍需のような特殊な業務でしか用いられていなかったけれど、今では、誰もが気軽につぶやく時代になりましたよね。SNS市場が爆発的に広がって、産業規模としては数百兆円になっている。値段の低下と比例して、潜在的な需要が、どんどん産業化されていくのです。

―潜在的な需要の産業化、もう少し詳しく教えてください。

需要をつくりだす、というかっこいい言い方もあるけれど、本当は需要は昔からあって、ただそれが顕在化していないだけなんですよ。江戸時代の井戸端会議は、SNSの基本ですよね。当時は、制約があるから、向こう三軒両隣で完結していた。子供の頃教室で、ノートの切れ端が回っていませんでした?あれもまた、SNSと同じ。今はそれがネットになっている、というだけです。ちなみに、漫画『ドラえもん』は潜在需要がよく書かれている作品ですよね。あれは、潜在需要のいい勉強になります。当社のとあるメンバーは、全巻買い揃えたくらい(笑)。もちろん科学技術的に、到底実現が不可能なものもある。けれども条件を変えてしまえば、実現できたりもする。本物のどこでもドアは作れないけれど、どこでもドアのような気持ちになれるVRができるかもしれない、というふうにね。

―ソニーはまさに、潜在的な需要の産業化が得意だと思うのですが、なぜなのでしょうか。

社外の方とお話ししているときに気づいたのですが、私たちは相手方の要求ありきでは、考えていないんですね。受託型の企業では、こういう発想はまずあり得ないでしょう。私たちは、顕在する要求ではなく、潜在的な要求を提案していく。例えば、数値で示すことができる成果だけでなく、お客様が喜んでいるとか、幸せを感じているとか、そういった感性価値を大切にする。それが当たり前、という風土があります。お客様にとって何が嬉しいか。例えば、好きな音楽を聞いている状態が嬉しい、という前提で、『ウォークマン』は作られています。そもそも音楽にそういう価値がなくて、ただ音楽を経由して友達と騒ぐことの方が重要であれば、『ウォークマン』という製品は成り立ちません。好きな音楽を楽しむという顧客の感性価値を大切にしたからこそ、『ウォークマン』が生まれたわけです。

時代の変わり目を、
逃すな。

―エンジニアをめざしたきっかけはなんですか?

人に好きになってもらえるものをつくれる人になりたいと思っていました。小中高とラジカセが好きで、毎年のように買っていたんです。ラジオで音楽を聴くのも好きで、真夜中、寝床に潜り込んで、ラジオにかじりついていました。その頃から、ぼんやりと考えていたんですよね。自分はスターになれるタイプじゃないけれど、愛されるものをつくる側、提供する側には、努力すればなれるかもしれない。工作は好きだったし、電子工学も好きだったし、エレクトロニクスは技術革新が早いから、面白いと思ったんですね。それでエンジニアになって、いまこうしているわけです。

―ご入社は、1981年。ちょうど2年前に『ウォークマン』が発売されて爆発的なヒットを記録していましたよね。

私が配属になったのは映像系。隣の音響関係の部門では『ウォークマン』という成功例がありました。音楽が持ち歩けるなら、次は映像だと。80年代、事業部のキャッチフレーズは「手のひらに夢を」でしたね。いかに小型化を進めるか。圧倒的な技術をつくろうとしていました。ものすごい理詰めですよ。そもそも映像を記録するとはなんぞや、ということから考えて、ハードウェアとソフトウェア、それぞれの技術の変わり目になるものは何か、全部しらみつぶしに調べて。同じ技術の延長戦上であれば、すでに開発を進めているサプライヤーさんの方でやっていただけるので。我々は、誰も手がけていない新しい技術、まだ研究段階にある新しい技術を探し求めるわけです。ただ、いつモノになるか、が重要。あと何十年もかかるものは、事業部ではできない。ここ数年でひっくり返りそうなものを探していくんです。そうして技術を探しながら垂直統合をして、社内で基幹部品をつくりはじめたのです。

―当時、映像をコンスーマー向けに記録・再生したりする製品は、他になかったのでしょうか?

まず、文献が世の中になかったんですよ。だから、おそらく海外の皆さんは日本の文献を、日本語で読むしかなかったんじゃないかと思います。それだけ日本企業が、当時先行していた、ということだと思いますけど。それでもビデオカメラは、何百兆という産業ではないんですよ。最盛期で世界市場規模が2000万台くらい。けれども、ここで頑張っていたことが、あとあと効いていたりするんですよ。今当社はモバイル機器向けのイメージセンサーが、収益の柱の一つになっていますけれど、もともとこれは、ビデオカメラのために開発していたものですから。

全世界、全産業界が、
間違いなく面白くなる。

―今後はどのような市場が生まれ、イノベーションが生まれていくのでしょうか?

今から20年ほど前は、映像も音響も、用途によって要素技術が違っていました。映像は磁気テープ、オーディオは、光ディスク(CD)だったのが、今はどちらもフラッシュメモリに入りますよね。あらゆる技術が、あらゆる社会的用途に使われる時代になったのだと思います。そう考えると面白いですよね。スマートフォンは、まだまだ序の口。たとえば、冒頭にお話した制約の解放で考えていくと、これから起きそうなことが、どんどんイメージできませんか?例えば、世間で言われる自動運転技術は、ほんの一部。全世界、全産業界が自動運転について、もっともっと考えた方がいい。面白いことが、これからいっぱい起きるはずです。運ぶ、移動する、が自動化されたら、例えば、赤提灯で飲んでいる間に家に着く、ということもできてしまう。物理的制約、時刻の制約で考えると、免許もなくて車もない人は、公共交通機関に合わせないといけない。自動操縦車があれば、時刻の制約から解放されます。さらに言えば、運転している時間、目と手があくわけですから、100億時間を超える可処分時間が、アメリカ市場に生まれようとしているんですよ。これを何に使うか?考えるだけで、面白いでしょう。

―100億時間を超える可処分時間というのは、夢がありますね。

当社としては、その時間に映像や音楽で遊んで欲しいなという思いはありますが(笑)。ちなみに自動運転実現後のモビリティをつくった、やんちゃな技術者がいましてね。ゴルフカートを改造してテレビをつけて、外にも中にもディスプレイをつけて。そうしたら、当社のカメラは超高性能なので、夜間はヘッドライトをつけるよりカメラを経由した方が外がよく見えることが分かって、なんで今まで窓を使ってたんだろう、なんて話になったり。今は法律的にNGですが、試しに作ってみると色々と分かることがある。去年の1月、ハワイで行われたゴルフ大会のレセプションで、当社の社長がこのモビリティに乗って現れたんですが、その際にディスプレイは打ち上げ花火の映像を流しまして。これはデジタル痛車だ、なんて話になりました(笑)。

―モビリティの開発部隊が、ソニーの中にあるのでしょうか?

いいえ。うちの技術者が勝手に作っています。よくぞこれまでの物体をつくるお金と時間を捻出したな、という感じです。昔はよくあったんですよ。技術者たちが、こっそりものづくりをして、どうだと見せ合う。職場によって、アイデアのコンテストもやっていたりしました。ここ数年は業績も厳しかったからそんな光景もあまり見られなくなっていましたが、彼のような技術者が増えていくといいですよね。新入社員の研修発表会も面白いですよ。思わず突っ込みたくなるようなアイデアがたくさん出てくる。でもね、10個あるうちに1個、ずば抜けて面白いものがあったとして、そのずば抜けて面白いものが10個集まれば、さらにその中の1個が本当に当たったりするんですよ。

―エンジニアの目線では、今後をどう捉えていますか?

研究開発の観点からいくと、これまで僕らは原理が分かった上で、モノを作っていたのです。逆に言えば、原理が分からなければ、作れなかった。けれども、ディープラーニングが実用化できたことで、途中のプロセスは分からなくても、正解が分かるようになった。カラクリが分からなくても、答えが出るようになれば、これまで人間がたどり着かなかった地点に、到達できるかもしれない。さらに、今は『AWS(アマゾンウェブサービス)』に代表されるクラウドがありますから大規模な装置がなくても、大規模な実験ができるようになりました。これもまた、一つの制約の解放と言えるでしょう。技術革新は、今後ますます目が離せなくなっていくと思いますね。

島田 啓一郎(Keiichiro Shimada)
ソニー株式会社 執行役員コーポレートエグゼクティブ
中長期技術担当、技術渉外担当
1981年、ソニー株式会社に入社。ビデオカメラなどの組み込みソフトウェア開発や超小型化技術開発を担当。1996~2003年ノートパソコン事業を統括、2006~2012年技術開発本部長、2007年より業務執行役員SVP、2009 ~2012年研究開発担当役員、2012年より現職。
公式サイト:https://www.sony.co.jp/
TEXT BY 山田知奈
PHOTOGRAPHY BY 佐藤登志雄