圧倒的な主観が、圧倒的な共感を呼ぶ。

ソニーのスタートアップの創出と事業運営を支援するプログラム、『Seed Acceleration Program(SAP)』から生まれた新規事業、『wena wrist』見た目は腕時計そのままに、バンド部に機能を入れ込んだハイブリッド型スマートウォッチは、クラウドファンディングで目標を大きく上回る1億円超を集めた。なぜ、ここまで多くの支持を集め、短期間で事業化に成功したのか。当時入社1年目(新入社員)にして、本プロジェクトを率いた對馬哲平氏に話を聞いた。

ランチタイムで、
100人にプレゼン。

—『wena wrist』のアイデアが生まれたきっかけは?

学生の頃から腕時計が好きで、ガジェットオタク。自分が好きな腕時計もつけたいし、ガジェットとして好きなスマートウォッチもつけたい。右手と左手、両方にそれぞれ着用していたこともあったんです。まあ、他の人から見たら、完全に変な人ですよね。どんなに好きでも、どちらも付けることは、社会の目が許してくれなくて悲しかったんです。そんな悲しさから生まれたのが、『wena wrist』のアイデアでした。もともとの構想は学生の頃から温めていて、入社直後の研修でプロトタイプをつくったんです。筐体は全部自分で設計して、基盤の部分は一般的なスマートバンドを分解して。腕時計のバンド部分に基盤が入るか、ちゃんとスマートウォッチとして機能するか、検証をしていました。研修の最後、発表会の時に、ぜひこれを商品化したい、という話をしました。

—ソニーに入社された年に、ちょうど『SAP』がスタートしていますね。

大企業のスタートアップって、基本的には難しいという印象があったんです。スピード感でいくとベンチャーには敵わないんじゃないかと。『SAP』のコンセプトは、そのイメージを覆すようなコンセプト。小さく早く事業を回して行く。その考え方に共感してオーディションに応募しました。
応募する前は、毎日のようにプレゼンしましたよ。昼休みに、いろんな人に声をかけて、ご飯を食べにいくんです。「今、めちゃくちゃ面白いもの作っているんですけど、見てもらえないですか?」と声をかけて。どこの店舗で販売するの?どこで作るの?部品コストはどのくらい?特許のクリアランスは?物流・商流はどうなってるの?先輩から聞かれた質問を全部メモして、回答をまとめていきました。こういうの好きな人知りませんか?と、人づてに聞いて。20人くらいに話を聞くと、あとは皆だいたい同じことを質問するので、ほとんど回答は網羅できるんですね。最終的には100人近くに話を聞いたと思います。最初は10枚だった資料が、100枚くらいになりました。紹介の紹介の紹介で、部署の違う、面識もまるでない先輩方に、たくさんお会いしました。みなさん初対面でも、嫌そうな顔をする人は誰ひとりいなかった。これもソニーの文化だと思います。新しいものを作っている人に対して、ウェルカムなんですよね。

1000億円の事業になるか?
そんなの、誰も分からない。

—100を超える応募の中からオーディションを通過したそうですね。

自信は、全くありませんでした。自分には企画歴何十年というキャリアもないし、経験もないし。このアイデアがそもそもお客さんに受け入れてもらえるか、本当にお金を払って買ってもらえるか分からなかったので。自分が欲しいものを提案したんですけど、自分の感性が世の中の感性とあっているかどうかは、確信がありませんでした。
オーディションに参加したのは、ちょうど入社して半年後。見よう見まねで作っていたので、資料自体は今見たら笑えるくらい(笑)。オーディションは通過し、トップマネジメントからチャンスをもらいましたが、もちろん、みんながみんな賛同してくれていたわけじゃない。いつ1000億円の事業になるの?本当に売れるの?と答えのない質問を聞かれることもしばしばありました。でも、そんなこと分かるわけないじゃないですか。1000億円の事業を作ったことのない人に、いつ1000億円の事業になるの、と言われてもしょうがないと。そこは開き直っていました。

—事業化はどのようにスタートを切ったのでしょうか?

オーディションに一緒に参加していた同期2人と一緒に、「さあ、どうしよう」からスタートしましたね。まずはディスプレイがないから、サポートセンターなどで廃棄するディスプレイを貰うところから始めました。この話をすると時間の無駄だと笑われることがあるのですが、でも本来はそうあるべきだと思うんですよ。スタートアップって、固定費を下げるためにガレージとか自宅をオフィスにして、人件費を浮かせるために一人何役もやる。自分たちもそうやるべきだと思っていました。

—製品化においてどんな困難がありましたか?

難しかったのは、会社との距離感。ここが近づきすぎると、自由度が低くなっていく。ソニーで新しいことをするなら、ソニーの技術でソニーの物流、工場を使うべきだろうという考え方もあるけれど、本当にそうか?という視点は常に持っていたかった。既存のやり方に近づきすぎると、選択肢が狭まり、事業にとって最善の選択をできなくなる可能性が高くなります。選択肢を狭めないためにも、会社との適切な距離感が重要だと感じましたね。

人材という、
真似のできない財産。

—クラウドファンディングで過去最高額を記録しましたね。

これだけ多くの人に支援をいただいて、購入をいただけたことは本当にうれしかったです。ただ、クラウドファンディングを実施したのは、プロジェクト開始から半年後。この時点ではまだ、何も出来上がっていないわけです。ソフトウェアが全然できていないのに、バッテリー持ちを謳わないといけない。かなり不安でしたね。

—よろしければ、失敗談を教えてください。

数え切れないくらいあります。例えば、大企業で何か新しいことを始めて物事を前に推し進める時には、いろんな立場の人の理解を得ながら進めないといけないのですが、まだ新入社員だった自分は、立場の異なる人への説明や交渉の仕方を間違えて、ものすごくお叱りを受けたこともありました。

—ソニー発だからこその利点もあったと思いますが。

ジェネラリストが重宝されるベンチャーと違って、ソニーは大企業なのでスペシャリストが多い。そこは大企業の強みですね。例えば、ソニーにはFeliCaを20年やってきた技術者がいる。そういう人たちが社内にいるというのが、かなり大きな財産だと思う。他社には真似しにくいものができると思います。

素敵な思想と、
素敵なコンセプトありき。

—今、どんなビジョンを持っていますか?

たとえば、品川駅を歩く人が全員、メガネ型の端末を身につけていたら気持ち悪いと思うんですよ。そういう世界が来るとも思うのですが、アナログの世界とデジタルの世界だけでなく、第三の選択肢として、『wena wrist』が存在できればいいなと思います。品川駅を歩く人全員につけて欲しいという訳ではなくて、コンセプトに共感してくださる、違いのわかる層に支持してもらえたら嬉しく思います。私は画一的な価値観の世の中が終わりに近づいていると思っています。特に、日本の成熟した市場だと、みんなで上を目指そう、という時代でもないでしょう。今は急激な市場成長も急激な下落もない、フラットな時代だからこそ、みんなの目線があちこちに向いていると思うんです。そうなると、興味関心、つまり好きという概念が多様化していくと思うので、その中で自由に腕時計部分をアレンジできるwenaは活きてくると信じています。
wenaという名前は、”wear electronics naturally “からきているんですよ。より自然な形でエレクトロニクスを身につけて欲しい、という思いが根幹にあり、今後は腕時計に限らず、身に着けるいろんな商品への展開をしていきたいと思っています。

—新規事業を立ち上げる際に、重要なポイントを教えてください。

個人の主観から始まるのが大事だと思います。分析をして、ポジショニングマップをつくって、ここが空いているから、と事業を立ち上げることは、頭の良い人が論理的に考えたら全員同じアウトプットになるんじゃないかと思っています。それだと誰もが思いつくアイデアしか出てこない。新しいアイデアというのは、個人の主観が入っているものだと僕は思うのです。自分が腕時計とスマートウォッチを二個つけたい、という思いから『wena wrist』が生まれていたり、自分がサーフィンをしているところを格好良く撮りたい、という思いから生まれた製品が出てきたり。そういう主観からはじまったアイデアの方が、誰も考えつかない、世の中にない商品になるのだと思います。そこに込められた思想や想いにお客さんは共感するのだと想います。
小説や漫画、映画も、作品から伝わる作者の思想や伝えたい想いに共感して、その対価を払っていると思うんですが、新しい事業というのは、そうあるべきだと考えています。まずは、素敵な思想と素敵なコンセプトありき。そこに市場があるかどうかは、運だと思います。ただ、できるだけ世の中の感性と自分の感性を合わせておけば、外れる確率は下がる。世の中の感性と合わせておくために、いい作品、いいコンテンツにたくさん触れていくべきだと思います。

對馬 哲平(Teppei Tsushima)
ソニー株式会社 Startup Acceleration部 wena事業室 統括課長

wena project 事業責任者。28歳。学生時代は学内ベンチャー企業で働き、雰囲気とスピード感を体験する。2014年大阪大学大学院工学研究科卒業後、同年ソニーモバイルコミュニケーションズ(株)入社、機構設計部へ配属。入社直後の研修にて、腕時計のバンド部分に機能が集約されたwena wrist の構想と試作機を披露した。その後、“人々にもっと違和感なく、自然に電子デバイスを身に付けてもらいたい”というビジョンを掲げ、有志を集めて業務外での活動を開始。入社1年目でソニーの社内スタートアップ・オーディションを勝ち抜き、ソニー(株)Startup Acceleration部 wena事業室の統括課長としてwena projectを立ち上げた。第一弾の製品であるwena wristはクラウドファンディングで日本記録を樹立し、2017年12月には第二世代のwena wrist pro/active/leatherを発表した。
公式サイト:https://www.sony.co.jp/
TEXT BY 山田知奈
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治