世界中の空気をかえよう。

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「空気をかえよう」のスローガンのもと、数々の画期的な製品を生み出してきたエステー。いま、消費財をつくるという既存のビジネスモデルの枠にとらわれない、新しい取り組みが始まっている。
その筆頭にあるのが、『クリアフォレスト』だ。自然のメカニズムで空気を浄化する森林の力に着目。空気浄化剤として空気やにおいの問題を解決するだけでなく、ビジネスモデルそのものが、社会課題の解決にもつながっている。なぜ、『クリアフォレスト』が世界中の空気をかえる可能性を秘めているのか。開発に携わったクリアフォレスト担当事業部長、奥平壮臨氏に話を聞いた。

見えない"何か"を探して
森中をさまよった。

2012年、木材学会賞。2014年、農林水産大臣賞受賞。2015年、井上春成賞。2016年、ジャパン・レジリエンス・アワード優良賞。『クリアフォレスト』を生んだ「空気浄化剤の開発」は、これまで多くの名誉ある賞を受賞している。華々しい受賞歴を誇るクリアフォレスト事業だが、商品開発に至るまでの道のりは長かった。

「開発のヒントになったのは、会長の一言でした。会長の別荘が長野にあるのですが、向こうに行くと気分がスッキリする。空気自体に何かあるのではないかと。そこから、森の空気を解き明かすために、エステーの基礎研究機関である日本かおり研究所と、森林総合研究所の共同研究が始まったのです」

森林特有の清々しい香りや、爽やかな香り。それらが、どのような成分によってもたらされているのか。まだ誰も見つけていない香り成分を特定するために、奥平ら研究チームが手始めに行ったのは、日本中の森の空気を採取することだった。調査開始早々、研究チームを驚かせたのは、森林の中の二酸化窒素濃度の低さだった。

「森の中に入ると、値がガクッと下がるのです。森からほんの少し離れただけで、数値は上がる。やはり、森林には"何か"があるのだと思いましたね」

木自体が二酸化窒素の吸着剤になっているのか。それとも森自体から蒸散されている成分が効いているのか。想定される、あらゆる要因を検証しながら、有効成分を特定する作業は、当然難航した。ヒバなら青森、ヒノキなら和歌山、杉なら長野。全国各地を歩き100リットルほど空気を採取、どんな成分が含まれているか分析を重ねること2年。研究チームは、他の樹木と比較した際、北海道のトドマツが最も二酸化窒素の除去力が高いことを突き止める。

無価値なものから、
価値を生み出す。

「トドマツの抽出液は天然物ですから、多くの成分からなる複合物です。どの成分が効いているかを特定するために、その複合成分中からさらに一成分ずつ、効果を確認するという、地道な調査を続けました」

さらに費やすこと2年、懸命な努力の末に特定した成分が、「β-フェラドレン」トドマツの葉に多く含まれるこの成分は、もっとも優れた二酸化窒素の除去能力を発揮した。空気を浄化する原因物質を突き止め、特許化に成功した。チームは喜びに沸いた。

事業化を進めるにあたって、狙った成分をどう抽出するかが、ビジネスとして重要なポイントになった。通常、植物から精油を抽出するために、水蒸気蒸留と手法が用いられることが多いが、その原理は水を沸騰させ、その水蒸気をキャリアにして精油を抽出する。だが、従来型の水蒸気蒸留の場合、少なくとも水が蒸気に変わる100℃まで加熱する必要があり、高い熱が加わることで有効成分が劣化しやすくなり、抽出する必要のない成分まで抽出されてしまう。必要な成分をより効率的に抽出するために、奥平らは、抽出装置の開発に着手する。奥平らが目をつけたのは、マイクロ波だった。トドマツの葉には、水分が多い。その水分をマイクロ波によってダイレクトに振動させて、効率的に水と油に分離させることはできないか。一般的な電子レンジを改造して、初号機をつくった。その後、何度も改良を重ねて、減圧装置と組み合わせる事で外部から水を加える必要がなく、かつ、低温抽出が可能な省エネルギー型抽出機「マイクロ波減圧コントロール抽出装置」が完成した。

装置の開発だけでなく、原料の調達方法もゼロから考えた。トドマツは、北海道特有の樹種(※マツ科モミ属)だ。寒冷地を好む特性から、本州には分布していない。原料の調達先は、北海道に限られる。さらに、必要なのはトドマツの木材部分ではなく、有効成分を多く含む葉の部分のみだった。

「通常、建材などビジネスになるのは木材部分。葉の部分は、使い道がなく間伐や造材の際、林地に残されていたのです。森林整備によって、未使用の資源が大量発生していました」

これまで見向きもされなかったトドマツの葉を原料に使うことで、無価値だったものに新たな価値が生まれる。木材の「植樹」「間伐」や「造材」が主な林業において、精油の「抽出」という作業工程が生まれたことで、新たな雇用が生まれる。トドマツ人工林の利用促進を通じて地域還元を行うために、エステーは北海道庁と包括連携協定を結んだ。

奥平はいま、クリアフォレスト担当事業部長として、新たな事業を模索するために、業界の垣根を飛び越え、研究パートナーを開拓している。

「パートナーは続々増えています。たとえば、トドマツ精油の香りは、ストレス低減効果が確認され、ストレス社会という課題の解決に、うまく活用できないか。林業に従事する人は花粉症が少ないが、何か関連はないか。森林は非常に多機能な原料だと思います。ただ、あんまり風呂敷を広げすぎると、本業から離れてしまうので怒られちゃいますけど(笑)」

世の中のためになる
ものをつくろう。

既存のビジネスモデルに留まらない自由な発想の源は何か。奥平からは、意外な答えが返ってきた。

「東日本大震災が、きっかけですね」

奥平は機械システム工学出身。ケミカル出身が多いの開発メンバーに混じって、電子式消臭芳香剤やイオン発生器の開発に携わった。震災が起きる前は、エレクトロニクスと消臭芳香剤の組み合わせが、奥平の主な開発テーマだった。

「あの日が来るまで、ずっとこの日常が続いていくのだろうと漠然と思っていました。自分はずっと安全な場所にいるのだと思い込んでいたのです」

未曾有の大災害が起き、原発の安全神話は崩壊。日本中が目には見えない放射能の影響に不安を募らせていた。「絶対」はない。「明日」の保証はどこにもない。その漠然とした焦燥感から、奥平は仕事への考え方が変わったという。

「世の中のためになる、それがビジネスの基本だと気付いたのです。せっかく仕事をするなら、世の中のためになるものをつくりたい」

震災後、奥平が手がけたのが、主婦でも片手で簡単に空間の放射線量を測れる、家庭用放射線測定器『エアカウンター』だった。

「あの時は、タカラトミーさんと組んでやりました。パッケージの印刷は、放射能報道の影響で苦しんでいる会社があると聞いて、現地の印刷会社に依頼。その印刷会社の社長は、これで今年は乗り切れると、泣いて喜んでくれて」

当時、日本中が被災地のために何かしたいと考えていた。業界の垣根を飛びこえ、力を合わせることになんの躊躇もなかったと、奥平は振り返る。

「思えば、この時の体験が、今につながっていると思います」

世界中の空気を
きれいにするための第一歩。

世界的にみれば、二酸化窒素の排出量は爆発的に増えている。大気汚染による死亡者数は、700万人以上に上るというWHOの報告もある。大気汚染は、もはや地球規模で取り組むべき社会課題だ。『クリアフォレスト』は、日本国内だけでなく、世界中の空気をきれいにすることを目指しているのだと、奥平は夢を語る。

「できることなら、日本のトドマツを大気汚染の被害で困っているところに持っていきたい。しかし、日本で抽出した成分を海外に運ぶとコスト面やリードタイムの課題などにより一般の人々が簡単に活用できなくなる。では、このビジネスモデルをそのまま海外で展開できないか。対象国の森や植物を、その地域の研究機関と連携し研究する。そこにクリアフォレストのノウハウを提供する。自分たちの空気は自分たちの樹木できれいにする。そんなローカライズができれば面白いなと考えています」

業種の枠にとらわれず、既存のビジネスモデルにとらわれず、奥平は何十年も先を見据えている。

「事業会社である以上、競合とのシェア争いも重要。でも、一つの棚の奪い合いには、限界があると思うんですよ。今あるものを奪い合うのではなく、今はまだない、新たな価値を生み出す取り組みこそ、必要だと思うんです」

既定路線から躍り出て、一歩でも二歩でも抜きん出る。新しい価値を生み出すビジネスを開発する。そのためのヒントを探しに、奥平はしょっちゅう外を出歩いているという。

「他社の方と会っている頻度は、社内でもいちばん多いと思いますね。例えば、鉄鋼業だったらどのように二酸化窒素を除去しているか見に行ったり。異業種のみなさんから、たくさん学ばせていただいています」

コネクションが全くないところでも、電話1本でふらっと出かけていくのが奥平のスタイルだ。

「お客様相談センターに電話したこともあります(笑)。きっと周りには、あいつまたやってるよ、と思われていると思います。でもね、
人に理解されないことの方が、チャンス。できないと思われていることの方が、チャンス。否定されるところから、事業が始まると思う。そういう考えでやっていこうと思っています」

奥平 壮臨(Okudaira Sorin)
エステー株式会社
事業統括部門第2事業本部
ビジネス開発事業部クリアフォレスト担当事業部長
2002年、新卒入社。商品開発グループで、電子式消臭芳香剤やマイナスイオン発生器、家庭用放射線測定器エアカウンターの開発などに携わる。2017年3月より現職。
公式サイト:http://www.st-c.co.jp/company/index.html
TEXT BY 山田知奈(株式会社パラドックス)
PHOTOGRAPHY BY 佐藤登志雄