「場」の創造を通じて、 新たな価値を生み出していく。

人々のライフスタイルの変化に伴い、様々な場所でこれまでになかった空間が生まれている。“新たな働き方”と、“新たな暮らし方”をコンセプトとする複合商業施設『TENOHA代官山』もそのひとつ。今回は、同施設の運営を手がける酒見健一氏(株式会社ボネリート)に話を聞いた。彼は以前、大手不動産デベロッパーに勤めながら業界でも前例のない会員制サテライトオフィス事業を立ち上げた仕掛け人でもある。彼が、新たな事業を生み出し続けられる理由とは。事業を成功に導く秘訣を解き明かしていく。

代官山に、新しい人の流れを創り出す。

ファッショナブルで洗練されたイメージが強い代官山エリア。そこで、若者だけでなくファミリーからビジネスマンまで客足の絶えない場所がある。それが『TENOHA代官山』だ。同施設は“新たな働き方”と、“新たな暮らし方”をコンセプトとして、シェアオフィス・カフェ・レストラン・ライフスタイルショップなどの店舗が融合した空間。

TENOHA代官山が、人を魅了し続けている理由を酒見はこう語る。「代官山はもともと商売が難しいエリアと感じています。週末は人が多いのに対して、平日の昼間は人が少ない。その時間帯でも人が集まる場所ってなんだろう? と考えた時に、一番理想的な機能がオフィスだったのです」

TENOHA代官山に足を運ぶと、入り口のすぐ近くにシェアオフィスが広がっている。「オフィススペースの横には、bondolfi boncaffē(ボンドルフィ・ボンカフェ)という、イタリアでも160年以上の歴史を持つコーヒーロースターの日本一号店のカフェバールが併設しています。そこの美味しいコーヒーが飲めて、アクセスがよく、他のビジネスマンとの交流もできる空間。自然と人が集まってきます」平日の昼間から、多くのビジネスパーソンで賑わっている姿は、代官山の中でも目を引く光景だ。

TENOHA代官山の運営に携わる前、酒見は大手不動産デベロッパーで、新規事業を担当する部署にいた。そして、30歳という若さで業界初、会員制サテライトオフィス事業を立ち上げたのだ。「同時期に同じチーム内で企画していたTENOHA代官山の施設内にあるシェアオフィスに関しても、会員制サテライトオフィス事業で培ったノウハウを反映させています。そういう意味で、全てがオン・ザ・ライン。あらゆる経験がつながって、今運営をしているTENOHA代官山のマネジメントをすることができています」新規事業開発にかける彼の想いを紐解くために、大手不動産デベロッパー時代の彼の仕事を聞いた。

我が子のような事業を、本気で信じていた。

「当時僕がいたチームは、会社全体から出てきた新しいビジネスアイデアの可能性を探る事務局のような位置付けでした」そこでは、部署を問わず様々な事業計画が酒見のもとに集まってきた。

「多くの事業計画を見ましたが、まだまだできる。こんなことも、あんなこともできるだろ! とずっと思っていました。正直、デベロッパーの社員は待遇もよく、今の仕事に満足してしまっている社員が多かった。そんな中で、魅力的な新規事業なんてほとんど出てこないのです。あれも違う、これも違うと言っているうちに、じゃあ酒見がやればいいじゃないかということになって、自分で新規事業を立ち上げる事になりました」

そのとき酒見が目をつけたのは“働く場所”だった。「住空間は、どんどん快適で便利に進化しています。でもワークスペースは当時、まだまだ、ないがしろにされていた。そこにビジネスチャンスがあると思ったのです」そのような経緯ではじまったのが、会員制サテライトオフィス事業だ。同施設は、会員になれば個人法人問わず自由に施設を利用できるオフィス。「単なる場貸しではなく、セミナーや交流会なども開催され、ビジネスパーソンの交流と共創の場を目指しました」

しかし、事業を立ち上げた当初は赤字が続いた。「当時、外資系の企業が日本に進出する時の一時的な受け皿となる外資系レンタルオフィスはあるものの、日本の企業の間ではサテライトオフィスやシェアオフィスという形態はまだ一般的ではありませんでした」

まずは、お客さまにどういうものかを理解して頂くところからのスタートだった。「初期投資も大きいため、会員を一定数確保してからじゃないと黒字化は難しい。黒字化までのリードタイムが長いことは最初からわかっていました」しかし、企業としてやる以上、いつ黒字化するのか、当初計画との差異を逐一説明しないといけない。

当時は上層部や一般管理部門から、「本当に大丈夫なのか、お前の計画は嘘だったのか」と幾度となく追求された。「正直、その時は相当しんどかったです。でも、一瞬でも自分の事業を疑ったことはありませんでした。なぜかって? だって、働く場所って1日の大半を占めるじゃないですか。その場所が、かっこよくてワクワクするような空間で、気の効くコンシェルジュが居て、快適に昼寝もできて、立地もよく、最高のライブラリーや上質なオフィス家具が揃っている。そんなオフィスが、月数万円で手に入る。これが嫌だって言う人いますか? いませんよね? だから絶対にいける、と」酒見の読み通り、徐々に会員数も増え、稼働率も上がりはじめた。

世界に、ジャパンブランドを広げていく。

会員制サテライトオフィス事業は当時不動産デベロッパー業界では前例のない取り組みということもあり、毎日のように同業他社や官公庁から視察ヒアリングに人が訪れていた。

「会員数も増え、業界内でも少しずつ認められはじめました。事業を進めるうちに、事業全体を把握している自分にもっと裁量があれば、さらにビジネスを加速させる事ができるのではないかと感じるようになりました。そこで、会社と協議しながら事業の分離独立(子会社化)を検討したのです」

しかし、事業を独立させて子会社の社長になるためには、当時の酒見の役職からすると、あと15年以上のキャリアが必要だと上司から告げられた。

「でも、15年も待っていたらすぐ人生終わっちゃうじゃないですか(笑)。その時、事業の全てを把握しているのは僕しかいませんでした。それであれば誰かの下じゃなくて、やっぱり自分の力で事業をしたいって考えるようになったのです」

酒見はそのとき、会社を離れることを決意した。しかし、会員制サテライトオフィス事業は自分がゼロから立ち上げた、我が子のような事業。中途半端な状態のまま会社を離れる訳にはいかなかった。

「会社とも話し合った結果、半期末までの3ヵ月の間に既存店の2拠点を9割稼働まであげる事を条件に会社を離れることになりました。要は収益化の目処を付けてからという事です。自分が、先頭に立って営業をかけましたね。大手の通信会社やグローバルITインフラ企業との提携をまとめたり、弁護士事務所やコンサルファームのような実利用が見込めそうな新規顧客に対して営業しにいったり。もう、あの時は死に物狂いでした」

最終的には、3ヵ月目の最後の日に大口の契約が決まり、9割稼働を達成することになる。

「9ヵ月でも難しいと言われていた目標を、たったの3ヵ月で実現することができました。今振り返っても、あの時の勢いは本当に神掛かっていたと思います。一緒に頑張ってくれたスタッフの力もあり無謀な目標も達成できました」

ガムシャラになって走り続けた大手不動産デベロッパー社員時代。大企業の中で、様々な軋轢と戦い続けながら、新たな事業を生み出した経験が酒見を大きく成長させた。そこで培った手腕が、今のTENOHA代官山の運営にも活かされている。酒見は、今後の事業展開についてこう語る。

「今後は、日本だけでなく海外での展開も考えています。TENOHA代官山の中にあるような日本のライフスタイルショップって、海外の人からしてみたら魅力的なのにも関わらず、まだ全然世界では浸透していません。実際に海外の方の話を聞いていると、絶対にニーズはあるはず。日本のライフスタイルにはまだまだ可能性があると感じています。今後は、世界に対してジャパンブランドを仕掛けていく事業がしたいと思っています」

異常なほどの情熱が、世界を変えていく。

世の中に対して新たなアクションを起こし続けている酒見。彼に、大企業の中で新規事業を成功させる秘訣を聞いた。これまで流れるように話し続けていた酒見が、初めて言葉に詰まった。「…新規事業をやっていて、いいことなんてほとんどありません」自分と同じ境遇にいる人に対して、何を伝えるべきか。30秒以上考えこんだ後、酒見は一つひとつ言葉を選びながら話し始めた。

「大企業の中で新規事業をやり続けるにしても、スピンアウトして独立するにしても、大変なことに代わりはありません。僕がもう一度同じことをできるかと聞かれたら、それはもう二度とできない。当時の仕事への入れ込み具合は、今でもちょっと異常だったと思います(笑)。でも、今の僕があるのはその時があったから。僕が、今の会社をマネジメントできているのは、当時の経験があったからなのです。これだけいえば、同じ境遇にいる人には伝わると思います」

当時を振り返りながら、酒見は話し続ける。

「大企業で働いていると、上司や同僚、会社のしがらみで思うようにいかない場面も多くあると思います。でも、結局は“パッション”ですよ。会社には、こいつの出世が気に入らないとか社長の顔色を伺う上司とか、色んな人がいます。でも、本気で事業をやりたいと思っている人を止められるサラリーマンなんていないですよ」

事業への強い想いが、周囲を動かし、事業を成功に導いたのだ。酒見はこうも続ける。

「あと忘れてはいけないのは、ちゃんと会社の方針(中期経営計画)に基づいて事業の計画をすること。会社の大義名分を考えた上で、新規事業でシナジーを起こしていく。大企業の中で新規事業をやるってそういうことだと思います。自分勝手にやっていたら、潰されてしまう。求められているものはちゃんと全部やることで、はじめて周囲に“だまっとけ、俺がやるんだ”って言えるのです。そして、一番熱意のある人が事業を引っ張っていく。そうすることで初めて、世の中に対して本当に影響力のある事業が生まれていくのだと思います」

酒見 健一(Kenichi Sakemi)
株式会社 ボネリート 代表取締役社長
1981年生まれ。36歳。2006年大手不動産デベロッパー入社。ゴルフ場の買収や運営管理を担当後、2009年~2010年までマンション用地の仕入れ業務を担当。2011年より新規事業関連業務を担当。2013年の会員制サテライトオフィス事業立ち上げ後は、専任の事業統括として事業全般を担当。2016年1月同社退社。2016年4月株式会社ボネリート代表取締役社長就任。TENOHA代官山の運営を行いながら、bondolfi boncaffē(ボンドルフィ・ボンカフェ)の日本展開の推進を主軸に、得意なアセットを絡めたオペレーションや再開発コンサルティング等も行っている。
TEXT BY 新谷建人(株式会社パラドックス)
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治