ECの力で、「食」の流れを変える。

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近年、ECの市場が拡大し、流通の仕組みは大きなパラダイム・シフトを迎えている。今回は、業界に先駆けて食品に関するECビジネスを推進してきたパイオニア。伊藤忠食品株式会社のEC事業部長・徳村健氏にお話を伺った。創業131年という老舗食品卸企業の中で、彼が描く食品業界の未来とは。

創業131年。
老舗企業の、新たな一歩。

徳村は、もともと国内営業を経て、海外事業の推進を行なっていた。そんな彼がEC事業に関わるようになったのは、社長が交代したタイミングだった。「新しく着任した濱口という社長は、すごく革新的な人でした」

伊藤忠食品株式会社は創業131年を迎える老舗企業。さらに、日本の卸業界というのは昔からの習慣や風習が根付いており、保守的な業界だった。「濱口は、本気で会社、ひいては業界を変えようとしていました」新社長の着任後すぐに、新規プロジェクトを立ち上げる部署がつくられ、異動の公募があった。

「真っ先に手をあげましたね。社長の熱にあてられたといいますか。ここで立ち上がらないと、会社の役にたてないと思ったのです」

15人前後のプロジェクトチームが組まれたものの、最初はなにも決まっていない手探り状態。まずは、誰が何をやるかを決めるところからのスタートだった。「もともと海外でチャネルの拡大を行なっていたこともあり、新規チャネル開発の担当になりました」

当時の基本的なチャネルは小売、百貨店、CVS、量販店など。そこから最初は、ドラッグストアやホームセンターなどの開拓を行なった。その後、新規チャネルの検討はリアルの店舗からネットの世界に拡大。2011年にWEB事業部(当時)がつくられ、会社としてEC事業に本格的に着手することになる。

古い脳が、
入れ替わった。

国内で最大規模を誇る楽天のようなEC関連の企業でさえ、2011年当時の流通総額は現在の半分以下だった。WEB事業部の発足のタイミングから参加した徳村は、苦笑いしながらこう語る。「別にWebの知識があったわけじゃないんです。当時は、ECがまだ始まったばかりのころ。書籍や服のような商品ならまだしも、食品のECサイトなんてほとんどありませんでした」

なぜ、徳村はその中で「食×EC」に勝ち目があると思ったのか。「だって、あったら使うでしょう」平然とした表情で徳村は語る。「食品の営業をしていた時も同じです。結局は、自分がその商品を食べたい、買いたいと思うか。そのサービスを使いたいと思うのか」

だた、徳村はECに関する知識などほとんどない素人。そんな状態で飛び込んだECの世界では、カルチャーショックも大きかったという。「業界が違うと、頭の使い方が全く違うんですよ。卸売とITではビジネスの流れが違うので、見ているポイントも全然違う。まるで宇宙人と話しているような気分でした(笑)」

しかし、徳村はただ商品をネットで買えるだけのサービスはつくりたくなかった。「単純な仕組みでは、わざわざ私たちがやる意味はありません。完全に手探りでしたが、食品関連のコミュニティサイトでしたり、新しい商品のデータベースでしたり、様々な切り口で "食" と "EC" を繋げるにはどうしたらいいのかを考えました」

これまで関わることのなかった会社と仕事をするうちに、彼の考え方も変わってきた。「もう、身体そのものが変わってきたといいますか、完全に脳みそが入れ替わりましたね」

多くのサービスをつくる中で、失敗をする時もあった。しかし、その度に反省を次のアイデアに活かして、徳村は新たなサービスを考えつづけた。「この時の経験が、業界の古い常識にとらわれない発想に繋がっていると思います。実際に走りながら、しょうもないようなアイデアをたくさん考えられるようになりました(笑)」

卸して終わりではない。
「プラス1」の価値

その後、新部署が世に出したサービスは、消費者と企業参加型のコミュニティサイト『みんなのプロジェクト』や、贈り物レビューサイト『贈録』、消費者向けの新製品情報ポータル『新製品dateBook』、ワインキュレーションサロンサイト『神の雫ワインサロン』など、多岐に渡る。

「商品を卸して終わり、ということはやりたくないんです」数ある卸業者がいる中で、自分たちがいる意味はなんなのか。それを突き詰めないと、存在価値がなくなってしまう。「だからこそ、かならずどこかで『プラス1』、つまり付加価値をつくらないといけない」

徳村のいう付加価値は、ECの仕組みづくりだけにとどまらなかった。「ECを活用した広告モデルもつくりました」卸売の企業が広告を行うなんて、前代未聞。「わざわざ広告業をやるために、会社の定款まで書きなおしましたからね(笑)」

具体的に広告モデルの活用とはどういうことなのか。「広告代理店は、広告を出して終わり。でも、私たちはモノの流れがわかっている。なので、楽天のような企業と組んで、ビッグデータを活用して広告と流通が連動したモデルをつくったのです」

誰が、いつ、何を買っているのかを分析する。そして、そこに対して広告を打ち、流通を創る。徳村は、そんな広告連動モデルをいち早く考えていた。「メーカーの社長にプレゼンをすると、目を丸くして驚いていましたよ。こんなのはじめてって(笑)」

「でもそれも、私たちにしかできない付加価値をつけようと考えた結果です。それまでの古い頭では、思いつかなかったでしょうね。ITの世界に足を踏み入れて、考え方が変わったからこそできたことだと思います」

なりふり構わず、
残したい想いがある。

徳村は、今後の食品EC事業の展望をこう語る。「ECの醍醐味は、つくり手と消費者が、直接繋がれること」これまでの卸売の仕事は、数十万点の商品を広く浅く売ることだった。「これから考えないといけないのは、1つの商品を世界の70億人にどう売るかということだと思います」

本当に魅力のある商品を、いかに買い手と繋げるか。「これまでのような、卸売業者が販売を担う形式だけでなく、つくり手の魅力を引き出して新たな流通を生み出すようなビジネスモデルをつくりたいと考えています」その橋渡しをするのが、徳村であり、伊藤忠食品ということだ。

伊藤忠食品は、業界5位の食品卸企業。しかし、規模でいえば上位3社の流通総額とは3倍近い差がある。「いまが踏ん張り時です。僕たちのような会社が生き残っていくためには、他社と違うことをしないといけない」

「今の事業部の役割は、将来の事業を開発すること。経営者と直接話して業務を遂行していく部署ですし、本業とは少し離れた仕事です」時に、社内には徳村の事を疎ましく思う人もいるという。「あいつまた変なことやってるぞ、ちゃんと仕事しろよ、と思われているかもしれません。でも正直、僕の人事なんてどうでもいいんです」

「僕は、将来の伊藤忠食品のビジネスモデルをつくるんだって思いながら今の仕事をしています。EC事業は、10年後には必ず会社の柱になる。だからこそ、残さないといけない。そのためには、どんなことだってやりますよ」

業界の常識を塗り替えながら、新たな取組を続けている徳村。彼を突き動かしているのは、自分にしか出せない価値を生み出すこだわりと、未来に向けて会社を守っていくという使命感だった。

今日も「食×EC」の世界で、一人の男が戦いつづけている。

徳村 健(Ken Tokumura)
伊藤忠食品株式会社 EC事業部 事業部長
1968年生まれ。1992年伊藤忠食品株式会社入社。3年間の内勤の後、量販店の営業を経験。1999年より北京の伊藤忠商事現地法人に出向。北京で日本型の卸業を根付かせるべく海外業務に邁進。2003年帰国。再度営業に関わった後、2005年よりプロジェクト開発本部にて新規チャネル開発を担当。2006年から再度北京にて営業統括を経験後、2008年より経営企画部にて経営統括課長、BPR推進室チーム長、2010年より海外事業チーム長を歴任。2011年にWEB事業部事業部長に任命され、現在に至る。
公式サイト:https://www.itochu-shokuhin.com/business/web.html
TEXT BY 新谷建人(株式会社パラドックス)
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治