IoT時代における、セキュリティの最適解を導き出せ。

018-l

テレビやエアコン、冷蔵庫など、あらゆるものがインターネットに繋がる世界。つまり「Internet of Things(=IoT)」の考え方が急速に拡大している。現在、急務となっているのがIoTに関するセキュリティの問題だ。今回は、ネットの脅威から"家"を丸ごと守る『ウイルスバスター for Home Network』の開発担当、和田克之氏(トレンドマイクロ株式会社)にお話を伺った。彼の思い描く、IoT時代におけるセキュリティのあるべき姿とは。

"便利"と"脅威"は、
同時に広がっていく。

一般の家庭でも、PCやスマートフォン以外にもテレビやゲーム、家電など様々なものがインターネットに繋がっている。その中で近年、これまでなかったようなネット犯罪の被害が出てきている。

「スマートテレビがハッキングされたり、監視カメラの情報が外部に漏れていたりと、新たな事例が増えてきています」これまで、様々なネット被害を見てきた和田はこう語る。

スマートフォンの普及をきっかけに、ネットの利用シーンは大きく変わり始めている。「実際に、PCの需要は減少傾向。一方で、ネットに繋がる機器は増えています」便利になる反面、悪質なハッカーからの攻撃対象は急速に増加している。

「特に危険なのは、やはり一般の家庭です」ネットリテラシーが十分でないまま、ネットに接続する機器だけが増えると、ハッキングやウイルスの被害にあうリスクは何倍にも膨れ上がる。

「例えば、家庭のルーターがウイルスに感染してしまうと、PCだけでなく、スマート家電などもハッキングの対象になる可能性があります」恐ろしいことに、実例としてこのようなケースも報告され始めているという。

そんな状況の中、被害を未然に防ぐために和田は『ウイルスバスターfor Home Network』の立ち上げに関わり、開発を進めてきた。「この製品は、これまでのように機器毎にセキュリティソフトをインストールするものではありません」LANケーブルを挿し、管理用のスマホにアプリを入れるだけで家のネットワーク全てをチェックできるというものだ。

「多くの物がインターネットに繋がる世の中で、ユーザーが一つひとつのデバイスにソフトを入れるのは、現実的ではありません」その中で生まれたのが、家庭の機器をネットワークで丸ごと守るという考え方だった。

「発想自体は、以前からありました。従来から企業単位のセキュリティでは、ネットワークで守る考え方はあります」しかしこれまでは、家庭用となると、技術面での問題が避けられなかった。仕組みは実現できても、サイズが大きくなってしまったり、家庭では買えないくらい高額になってしまったりと、課題は多かった。

しかし、近年のテクノロジーの進歩により、技術やコスト面は採算がとれる水準まできていた。「技術面の課題はなんとかクリアできそうでした。しかし、それ以外の部分にも、開発に踏み切るには大きな壁がありました」

社内の合意を得るために、
走り回った4ヶ月。

同社には、看板商品である総合セキュリティソフト『ウイルスバスター』以外にも、様々なセキュリティ関連の製品や部署がある。家を丸ごと守る『ウイルスバスター for Home Network』は、セキュリティの範囲が広いため、社内の既存サービスと一部重複する部分があった。

「これまでのビジネスに影響が出る可能性をどう見るか」社内ではそんな意見も出ていたという。「しかし正確な答えが無い分、議論がなかなか前に進まない時期もありました」

「最初はそれぞれの想いもあり、深い意見交換を避けていたところもあったと思います」サービス内容が被れば、社内での"共食い"が起きかねない。それぞれの商品はそれぞれの目的に対して開発をされており、各担当は自身の担当商品に誇りを持っている。

「確かに、重複する部分は一部あります。でも、ちゃんと商品毎の目的と、それに合ったターゲットを設定し、全体を俯瞰した上で製品の開発・販売戦略を考えることが重要。そうしていかないと、逆に皆が一丸となってプロジェクトを進めていけない。ここをクリアさえできれば、いずれお互いにいい影響があると確信していました」

さらに、和田にはひとつのこだわりがあった。「僕たちの目的は、"お客様をネットの脅威から守ること。"それを実現するために何がベストなのかを考えることです」

そんな状況を打破するために、和田は社内を奔走した。「色々な立場の人が集まる大きな会議ほど、概念的な話や方針の話になりがちです。もちろん、これはこれで大きな方針を決める大事な機会ですし、時間的な制約もありますから、まずはそれぞれの立場や考え方での議論になってしまうのも当然です。しかし、新しく製品を開発するには、細かいアクションを含めた方針を定めることが必要で、そのためには関係者が本音で語り合う必要があり、その上で皆が合意できる方針を導き出す必要があります。仕事で身構えていないタイミングで、一人ずつ話すことが必要だと感じました」和田は会議が終わった後や昼食のタイミングを狙って、様々な関係者と話しあった。煙草もまったく吸わないが、よく喫煙所にも足を運んだという。

「もちろん自分の商品は自分で最高のものにしていきたい、市場で輝くものにしたいという想いもありました。お客様をお守りするのに最適、かつ全体を俯瞰したビジネスモデルの設計案をつくって、直接一人ずつ話しました」そして、徐々に周囲との足並みが揃いはじめた。

「みんなで同じ方向を向いて議論していけるまで2ヵ月、関係各所と合意していくのにさらに2ヵ月はかかったと思います。時間はかかりましたが、会社として一致団結するところに貢献できたのではないかと思います」

"うちの母ちゃん"でも、
使えるようなものを。

和田の奮闘の甲斐もあり、『ウイルスバスター for Home Network』の開発は、大きく動き始めた。開発を進める上での苦労を、彼はこう語る。「家庭で使う製品である以上、誰でも直感的に使えるようなものでなくてはいけません」いかにシンプルで、使いやすくできるかが大きなポイントだった。

試作品をつくった後、様々な家庭に対してテスト導入を行い、徹底的にユーザーの意見を集めた。「使い勝手を聞かせて下さいとお願いして、あらゆる家庭を回りました」自宅まで足を運び、家にあげていただけない時は、頭を下げて近くのカフェで話を聞くこともあった。

「テストユーザーの方のご意見を聞くだけでなく、これ、本当にうちの母ちゃんでも使えるかな? と、いつも考えていました。もし母が使えないなら、これはダメな製品だなと(笑)」

地道に足を使って、自分の耳でユーザーの声を聞き、何度も改良を繰り返した。最終的には、電源以外にはLANケーブルの差込口があるだけという、極めてシンプルな形になった。

使い勝手以外の部分でも、様々な意見が集まった。当初、開発の初期段階においては「この製品で、親子喧嘩になりかけたと言われたこともあります」ある家庭で、父親がネットワークをチェックしていたら、子どもが成人向けのサイトを見ていたことがわかった。それを指摘したのがきっかけだ。

「このフィードバックは、ある意味、製品の方向性として間違いではありません。普段からご家庭の中でセキュリティに関する注意がされることで、ワンクリック詐欺のような被害も未然に注意を払うことができますし、不自然な動作をしていたらハッキングも感知することができる。どこのご家庭でもセキュリティのことを会話することはなかなかないと思いますが、この製品を設置することにより日頃から自然に意識するようになりますので、ご家庭でのルール作りに役立てていただけるはずです」

もちろん、家庭内での各自のプライバシーを侵害するようなものであってはいけない。「ご意見をいただいてから、すぐに管理用のアプリを改善しました」今は、利用開始前にご家族の同意確認を事前に取る配慮などを加えている。

このように、テストユーザーの声を地道に聞きながら、度重なる改良を加え、『ウイルスバスター for Home Network』は、2016年12月に無事発売となった。その後も、ユーザーの声を取り入れながら継続的に進化を続けている。

誰にも気づかれない
存在でも構わない。

「ありがたいことに、ご購入いただいた方からは、機能面や使い勝手の部分で、好評の声が寄せられています」しかし、勝負はまだこれからだと和田は語る。

「正直、セキュリティって楽しいものではないじゃないですか」なにも起こさないことが、ネットセキュリティの大命題。実際、セキュリティが楽しくてお金を払う人は多くはない。

「でも、僕はそれでいいと思っています」和田自身も、学生のころにPCのウイルス感染を目の当たりにしてはじめて、セキュリティの大切さに気づいたという。「僕たちの仕事は、日ごろから気づかれなくてもいいんです。でも、誰かが絶対にやらないといけないところです」

『ウイルスバスター for Home Network』は、IoT時代のセキュリティの第一歩に過ぎないと和田は言う。「現状は、この形が最適だと思っています」しかし、ネットの世界は日々ものすごいスピードで変わり続けている。

「ネット世界の変化の中で、セキュリティも形を変えなければいけません」その変化の中で、自分たちも変わりながらユーザーを守り続ける。「それが、僕たちの役目なんです」

誰もが、何も考えずにインターネットライフを過ごせるような世界。そんな未来を目指して、和田は今日も新たな可能性を模索し続けている。

和田 克之(Katsuyuki Wada)
株式会社トレンドマイクロ
プロダクトマーケティング本部 コンシューマプロダクトマーケティング部 コンシューマディベロップメントグループ マネージャー
トレンドマイクロ入社後、日本および一部のアジア地域のPC向けセキュリティソフトウェアのOEM、オンライン販売、販売メッセージ開発の業務を担当。その後、コンシューマ向けの新規セキュリティ製品に特化したプロダクトマネジメントおよびマーケティングを担当。直近ではネットワーク接続型のセキュリティ製品『ウイルスバスター for Home Network』の開発を手がける。
時代とともに変化するデジタルライフのリスクに対し、「一般の方でも利用できる簡単さ」と「防御力」を両立できるセキュリティ製品の設計を専門分野として研究、マーケティング活動を行っている。
公式サイト:http://safe.trendmicro.jp/products/vbhn.aspx
TEXT BY 新谷建人(株式会社パラドックス)
PHOTOGRAPHY BY 佐藤登志雄