シリコンバレーから、
第三のYAMAHAをつくる。

ヤマハ発動機「新規事業開発」

静岡・磐田市に本社を構える、ヤマハ発動機。二輪の売上規模は世界第2位であり、船外機やウォータービークルの販売台数は世界首位。誰もがよく知る日本の優良企業だ。そのヤマハが2014年5月、シリコンバレーに進出をした。なぜ、シリコンバレーで新会社設立に至ったのか。キャッチフレーズ「Create new Yamaha」に込められた意味とは何か。Yamaha Motor Ventures & Laboratory Silicon Valley Inc.の代表、西城洋志氏に話を聞いた。ヤマハのシリコンバレーでの新たな挑戦。そこには、「非連続な新事業開発」のヒントが詰まっていた。

シリコンバレー行き、
片道切符。

話は、2013年まで遡る。
「この20年来の私たちの反省として、シーズベースで生まれた新規事業のほとんどが、どうしても小ぶりなものになっていた。モーターサイクル、マリーンプロダクトときて、自分たちの第三の柱を考えた時に、インパクトのある新規事業が、シーズからは生まれてこなかったんです」

第三の柱のヒントを探るべく、西城が視察に訪れたのは、シリコンバレーだった。そこで目にした光景を、西城はこう振り返る。「ITとかSNSといったインターネット業界に限られた議論をするのではなくて、まだ世の中にない新しい価値をどう作るかを、真剣に議論する場。ここは、価値を再定義・創造する場所なんだと感じました」

シリコンバレー=新規事業開発という図式そのものは、目新しくはない。事実、多くの日本企業が新天地として、シリコンバレーを選んでいる。だが、本当にチャンスを掴めるかどうかは、また別の話だ。シリコンバレーは、「補完的な新規事業」には向いていないと西城は語る。「既存の事業を補完するような事業開発や技術獲得を行うなら、わざわざシリコンバレーでやる意味はない。シーズベースではなく、ウォントやニーズに対して、オーガニックじゃない方法をとるなら、シリコンバレーはすごく向いている場所だと思います」

この場所には、ヤマハの新たな可能性を引き出す力がある。西城は直感的に、そう捉えた。新会社を設立するまでの投資価値があるか。確信を得るために、2014年5月、新会社設立も視野に入れて単身でシリコンバレーへ。それから半年間は、「まさかの一人駐在でした」事務所を構えず、コワーキングスペースで、ひたすらネットワーク作りを行った。「片道切符のつもりでしたから、だらだらやってもしょうがないと。失敗するには、早ければ早いほどいいと、最初の半年はとにかく走り回って、片っ端から人に会っていました」

クレイジージャパニーズ、
現る。

はじめの1ヵ月は、自分たちの関心のある領域のスタートアップにアポイントを取って回った。「ほとんどが門前払いですよ。会えたとしても、ジャパニーズね、お前なんなの? 駐在員なの? 投資権利持ってんの? と。アイデアなら山ほどあったけど、"so what?"と言われておしまい」出鼻を挫かれるも、切り替えは早かった。わざわざ出向くより、人が集まる場所に顔を出した方が、話が早い。西城は、連日行われるミートアップに目をつけ、積極的に参加するようになる。

ミートアップとは、シリコンバレーの各地で毎日のように有志によって開催されているインタラクションの場。テーマごとにプレゼンターが発表をし、参加者同士が自由に意見交換をする。「そこで一度に会えるのって10人くらいなんですよ。何度か繰り返し参加するうちに気づいたんです。これは発信する側にまわったほうが早いんじゃないかと」ちなみに、その時点での西城の英会話スキルは、日常会話レベル。英語の上達を待っている余裕はなかった。「とにかく私に話させろと。それであるとき、ミートアップで、コネクティドビークルの話をしたんです。自分たちがどんなことを実現したいか、うまく伝わっているかもわからないまま、とにかく熱烈に喋り続けたんです」西城の熱意は会場に伝わり、プレゼン後は周りに人だかりができた。「ビジョンを語ると、向こうから僕にアプローチしてくれるんですよ。いろんなアイデアが出てくるんです。これはいけるぞと」ミートアップでの評判を聞きつけ、日経ビジネスに「クレイジー・ジャパニーズ」として紹介されると、西城は一躍、時の人となる。

こいつに、
何億はるか。

半年間、「クレイジー・ジャパニーズ」として、駆けずり回ったのち、西城は活動報告をもとに、経営陣に新会社設立の必要性を訴えた。当初の目的であるネットワークづくりは、すでにできていた。「コンテンツを流せば、ものすごいスピードでフィードバックが返ってくる。新たな機会がこれだけある」経営陣もまた、西城の熱意に動かされていった。

「プレゼンの際、ある投資案件の話をしていたんですが、正直役員はみんなピンときていなかったと思うんですよ。ところが、プレゼンを受けて常務が一言、こう言ってくれた。"こいつがやってる話のプレゼン内容なんて、ようわかりまへんよ。でもみなさん、コイツのことは、知ってますよね。こいつにいくらはるかって話ですよね"と」こうして、最後にはGOがでた。

「ヤマハの素晴らしいところは、たとえ経営の人間であっても、分からないものは分からないと正直に言えるところ。たとえ、分からなかったとしても、淡い期待にとどめて、広い心で任せてくれる」新規事業がのるか、そるか。その答えは、誰にも分からない。ならばこそ、「淡い期待」を勝ち得る、個人の信用力がものを言う。

西城が、そこまで経営陣に信頼されている理由を聞くと、意外な答えが返ってきた。「僕がエイリアンだからじゃないですかね」入社以来ずっと、モーターサイクルやマリーンプロダクトといったメイン事業に関わってこなかった。現職に就く前は、産業ロボットのソフトを開発するエンジニアとして、世界各地を飛び回っていた。「そういう意味で、人と違う物の見方ができた、というのはあるかもしれません。だからエイリアン。ふつうの宇宙人ではないんです。地球(自社)に長く住んでいて、その文化とか理念は、よくわかっている宇宙人(笑)」

世界はもっと、
カラフルになる。

「クレイジージャパニーズ」として、「エイリアン」として、西城がこれから描く未来とは。「僕たちの真の目的はCVCをやることでも、シリコンバレーに拠点をつくることでもなくて、新規事業開発ができる、新しい価値を生み出すことができる風土をつくること。第三の事業の柱をつくる、という狙いはありますが、もっと言うと第三のYAMAHAをつくる、という思いでやっています」

西城が見据えているのは、新規事業開発、という結果だけではなく、非連続的な新規事業開発ができる組織風土の醸成だ。非連続的な新規事業開発とは、既存事業に直結していない、現時点で、まだ市場がない領域への事業開発を指す。未知の新規事業と既存事業。取り組むテーマも仕事の内容も、当然全く異なる。ひとつの会社で、この両輪をまわすには、今の事業に最適化されている脳(判断基準や思考)の再開発が必要になってくる。

「シリコンバレーに行く前、ローカルに権限をもらわないとダメだ、というのが定説だったんです。でも、うちは全部、本社決裁。現地でローカルでやっちゃえば、僕らの報告はレポートでしかない。でも、意志決定をしてください、と本社にお願いすれば、ボスたちは真剣に考えてくれますから」脳の再開発はもとより、理想の風土の醸成は少しずつだが確実に進んでいる。

「新規事業開発活動を始めた時は、社内に漠然とした不安があったように思います。既存事業のメンバーからしてみれば、俺たちが汗水垂らして稼いだ金を、あいつらはなんだ、とかね(笑)。でも、そもそも既存事業と新規事業は、比べるものじゃない。僕たちはよく色に例えるんですよ。既存が赤で新規が青だとして、赤と青、どちらの色がいいかなんて、正解はない。それよりも、どうやって一緒に同じ夢を見るか、胸を開いて話をするべきなんです」もっとも悪い例は、新規事業開発における機会を、現事業に責任を持っている相手に強要すること。「僕たち新規事業開発チームにとっての機会は、現事業チームにとってのリスクと捉える人だっている。こんな美味しそうなフルーツ、なんで食べないの? と迫るのは最悪ですよね。見たこともないものを無理やり口に押し込むような話です」たとえば、日々の利益を追いかけているメンバーに、数年先の投資効果の話をしても距離は縮まらない。お互いの足元から視点を外して、少し先に目線をずらすと、それぞれの目的の共通項が見えてくる。「機会があるんだから、自分で考えてよと、相手任せにするんじゃなくて、一緒に考えて、一緒に同じ絵を描けるように、ファシリテートするのが大事だと感じています」

西城には、メンバーに常々語りかけている言葉がある。「世界を今日よりもカラフルにしよう、はよく言いますね。赤でも青でもいいし、黄色でも緑でもいい。色に、正しいも間違いもない。新しい色を足すのは自由なんです。カラフルな世界を作ろうと考えれば、もっと発想が広がると思うんですよ」西城はこうも続ける。「日本って正解至上主義。ともすると解は一つしかないように見えてしまう。正解しないといけないと思うと、足を踏み出すのが怖くなる。けれども、新しい価値を作る仕事は、新しい色を足して、世界をカラフルにする仕事だから。正解はひとつじゃないんですよ」西城の視界の先には、彩り豊かな世界が広がっている。

西城 洋志(hiroshi Saijo)
Yamaha Motor Ventures & Laboratory Silicon Valley Inc.
CEO 兼 マネージングディレクター
九州大学工学部卒業後、ヤマハ発動機株式会社に入社。ロボット事業の技術開発および新規事業開発に従事する。2015年7月に、アメリカ・シリコンバレーにYamaha Motor Ventures & Laboratory Silicon Valley Inc.を設立、CEOに就任。ベンチャー投資を含めた新事業開発に取り組んでいる。
TEXT BY 山田知奈(株式会社パラドックス)
PHOTOGRAPHY BY 今井裕治